頂 いつからか、この賑わう町の風景に一人の男の子が馴染んでいた。いつも声高くして人に声をかけているその少年は朝と夕方、かかさずちり紙を配っている。今日も笑顔と威勢のいい声であっという間にちり紙を配り終えて、彼は私の仕事場である惣菜屋へとやってきた。 「お邪魔しまーっす。あのー、よかったら残り物くださーい」 「いらっしゃー…え?残り物?」 「はい。あ、一番安いやつね。おまけもつけてくれたら僕嬉しいな〜!お姉さんきれいで優しそうだし、贔屓にしますよ」 巧みな誉め言葉に文句。なんと買い物上手な子なんだと感心しながらもまんざらでもなかった私は鰯の日干しをおまけしてしまった。 「やりー!久々の魚だ!喜びます!」 「兄弟の面倒を見てるの?」 「あ、えーっと、今日俺飯当番だから。うん…いつもはそこらへんにあるもんでごはんを済ませるんだけどね」 少年の目線の先はなぜかそこらへんに生えている野草だった。まさか…これを食べているなんて…。 どう、答えたらいいか黙っているとおもむろに少年は私の足元に頭を沈めた。 「よっと。例えば、こんなんだよ」 手に握られたのは黒いイナゴ。必死に手の中をもがくイナゴを彼は私に近づけてくる。 「いや!見せんでいいから!見たくないから!イ、イナゴなんて今頃食卓に並ばないわよ!」 「意外にかわいくないっすか?」 「食べるくせに!」 それがこの天才アルバイターきりちゃんとの出会いだった。 そのあと、彼はほんのたまにお店に残り物をもらいに来るようになっては、お仕事の手伝いまでしてもらうほど私たちは仲を深めていった。きりちゃんはアルバイトに命を懸けているらしく、行った仕事は数知れずこの辺りではとても有名な男の子らしい。きりちゃんはなんでそんなにアルバイトをしているのか、私は聞くことができずにいた。彼は一生懸命お仕事をしているけどめんどくさがりな一面があったり、同じ年頃の子をぼんやりと見つめている事があるのが、なにか違和感を感じていたのだ。 それと、服装だ。きりちゃんはいつも同じ服を来ている。一回あまりにも汚くて洗ってあげようと無理矢理ぬがしたら「それ以外に着るもんないから!」と涙目で懇願されてしまった。ちなみに洗うならバイトで引き受けた衣服を洗ってほしいと言われたが即行却下した。 「きりちゃん、着るものないの?お母さんに買ってもらってないの?」 「……金がかかりますからね」 きりちゃんは私に背を向けたまま着々とお店の商品を並べている。妙な雰囲気を感じた私はそのあと、黙って一緒に仕事をすることにした。 「じゃ、僕帰りますね!」 今日もきりちゃんのおかげで日が暮れる前には完売だ。私はお駄賃をいつものようにきりちゃんに渡して家路へと向かう小さな背中を見送ろうとした。 「…まってきりちゃん!少し待ってて」 …そうだった。きりちゃんがお仕事している間、こっそり用意していたものがある。サボってたことは申し訳ないんだけど、きりちゃんが一生懸命バイトしたご褒美ということで。 「はい。これ、貰って頂戴」 風呂敷に包んだものをきりちゃんに持たせる。 きりちゃんは恐る恐るその場で風呂敷を解いてそのなかを見た。 「着物…。お姉さんこれ、」 「きりちゃん、両手広げて?」 私は幼い頃に来ていた弟の着物をきりちゃんに着せる。昔のものなので虫食いや色褪せてないか心配していたけど、母が丁寧に保存しておいたおかげで十分着れる状態になっていた。 「なんでお姉さん、こんな着物もってんの」 「弟のなの。でももういないから、持ってても仕方ないの。きりちゃんにあげる」 「くれるんですか!?っとと、じゃなくて!」 きりちゃんは一瞬飛び付きそうになってすぐにはっと着物を脱いで私に突き返した。 「そんなたいせつなもの、頂けません」 まっすぐなきりちゃんの瞳。彼はわがままでひねくれたふりをするけど、根はとても素直で優しい男の子なんだって改めて思う。 「これ、お姉さんが持っとくもんだろ。おれみたいな身寄りのない余所者なんかよりさ、だから頂けないっす」 そういったきりちゃんの顔は寂しそうだった。お互い切り返せない沈黙が続き、ふと彼はぽつりぽつりと語り出した。 「お姉さん、ほんと、優しいんだもんな。俺母ちゃんいないからさ、ちょっと甘えすぎちゃった。ほんとはここでアルバイトするつもりなんてなかったんだけどな」 「きりちゃん。もう来てくれないの?」 「その…お世話になりました!」 ぼふっと風呂敷ごと私に着物を押し返し、そのまま顔も見ずに走り去っていく。 私はきりちゃんの言葉に、胸を締め付けられながらせめて姿が消えるまで見送ろうと決めた。 アルバイトの時のような手慣れたそぶりはなく年相応の頼りない背中姿が、茜色の夕日と一緒に私の目に焼き付いている。それは春も待ち遠しい、弟の着物にも描かれた、梅の花が咲く頃の出来事だった。 |