体 私は自らを、美しいけれど醜いと、そう思っていた。そりゃあくの一なんだもの、この真っ白で滑らかな体が商売道具。でも沢山汚れきったこれが、美しいわけがない。どす黒い何かが這いつくばった痕の沢山刻まれた、ハリボテばっかりの醜いそれであると。感じられてならなかった。 現在くの一を引退した私は、町外れで傘を作って暮らしている。否…引退という表現は少し足りないな、そうせざるおえない状況に陥ってしまったのだ。 雇われていた城の落城。的軍からの放火を受け、姫様達を逃がしていたらば顔面と左半身に大火傷をおってしまった。真っ赤に爛れた肌はお世辞にも男を誘惑出来るものとは言えず、むしろ好奇の目に晒されるような姿であった。 正直こんなもの、どうでも構わないのだけれど。周りにひそひそ噂されるのは肩身が狭い為、こうしてひっそりと傘を作っている。出来て、干していれば店の人間が売ってくれる。金になったらその分け前を家の窓から投げ入れてくれる。買い物は一回で沢山買うため、ほぼ完全に他人と隔離された生活を送っているわけだ。 しかし私は存外、この生活を気に入っていた。くの一の腕は確かだっただろうけれど、どうも私の性には合っていなかったらしい。誰とも体を重ねず、誰の顔色も伺わず、命の危険に怯える必要もない。 様々なものによって汚された私の体が、ゆっくりと乾いてパラパラ剥がれて、忘れていってくれている。そんな気がしていた。 していた、のに。 「久しぶりだねぇ」 にこにこ、相も変わらず気持ちの悪い笑顔を浮かべて天井から現れたのは、くの一時代の知人。雑渡昆奈門だった。 過去には関係をもった事もあり(勿論仕事で)、何かとよくばったり任務で出くわした、いわゆる腐れ縁ってやつだった。いっても、彼は36で私は22なのだから、対等と扱うのもいかがなものかと思うが。 「行き遅れた?」 「行く気がなかっただけです。お帰りください。」 「おじさんがもらってあげようか」 「結構です」 「あはは、そんな火傷で一生一人で暮らせるとでも思ってんの?いっそ見世物小屋にでも入ってしまいなよ。醜い醜いその顔を晒しにさ。」 私が雑渡さんをキツく睨み付けたのは、最早不可抗力である。だが、そんな私の様子に彼は余計愉快だといった様に笑った。 「火傷って辛いよねぇ、わかるよ。私も経験者だし。」 「…るさい」 「どうやったって醜く汚く残るんだ。ぐちゃぐちゃ、赤黒く。本当に、汚いよ。」 「うるさいって言ってるでしょ!!」 飄々と眉ひとつ動かさない、雑渡さんの胸ぐらを掴む。勝てる相手ではない、わかっている。けれどどうしても、感情の昂りを止められなかった。襟元を絞められ、喉をダイレクトに動かしながら呼吸する。黙れ、唸るような私の声が、部屋の中に響いた。 「自分が美しくなれたとでも思っているのかい?馬鹿言いなさんな。こんな風になったってお前は、お前の体に染み付いた血や汗や重なりあった痕は、その火傷と一緒に一生消えないんだ。 このゲテモノ。」 雑渡さんは、冷たくそう言い放つ。ああ、わかっていたのに。私がどうせ、変われていない事なんて、わかっていたのに。どうしようもなく汚れてしまった私が、もう元には戻れないと。知っていたのに、私は、もうようやく綺麗な体になれたのではないかと、期待していた。 頬を、生ぬるい涙が伝う。雑渡さんはそれを、包帯の巻かれた指で拭った。 「ははっ、醜いねぇ。」 「…っ」 「もう構わないじゃないか、私と一緒においでよ。どうせ醜い者同士だ。お前を一等愛せるのは、きっと私しか居ないよ。」 包み込むような体温に、自分が抱き締められているのだと認識する。擦れ合う火傷の痕がやけにざらついた。けれど、それは酷く心地がよくて、この男に愛しさすら感じてしまった私はもう、二度と日の光を浴びず汚れきったまま死んで行くのだなと感じた。 ---- 企画参加させて頂け恐縮です。 追記ですが、これは火傷を非難しているのではなく、火傷を比喩にしてヒロインの体を否定しているような…感じです。 |