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昔ばなしに付き合ってよ


近くにいた女にそう言った。ここで私は死ぬだろう。どうせ死ぬんなら、最後に心に秘めていた想いを吐露したかった。


女は頷いたから私は、ポツリポツリと話し始めた。口を開くたびに傷口が痛む。




「私はね、幼い頃から一人だった」

「あら。ご家族は?」

「いたよ。でも、すぐに死んだ」




忍であった父は厳しくて、すぐに戦死してしまったから、あまり覚えていない。


母は父の死を受け入れられなくて、後を追ってしまった。残された私はタソガレドキ忍軍に入らざるを得なかったのだ。


別に後悔はしていない。多くの物を失ってしまったけど、初めからなかったんだと言い聞かせれば特に何ともなかった。


ただ、どうしても忘れられない女の子がいた。女の子というには年をとっていたのかもしれないけど、私より10も下の子は私から見ればかわいい女の子だった。


戦で親を亡くし、フラりとさ迷っている姿に自分を重ねてしまったのかもしれない。私はその子を保護することにした。


その子は素直で優しくて強い子だった。


家に帰ると、いつも名前がいる。そんな生活に救われていたのは私の方だった。


大切にした。私なりに大切にしていた。まるで自分に子供ができたような、そんな暖かさがあった。初めはそうだった。


でも、気付いてしまった。所詮、私は男で名前は女。相容れない関係なのだと。


ドロリと醜い感情が自分を支配するのに時間はそうかからなかった。名前を束縛して、犯すように抱いた次の日の朝、私は自分で自分が怖くなってしまった。




「それで?」

「逃げた」

「逃げた?」

「もう、家には帰らなかった」

「可哀想…」

「そうだね。でも、仕方ない」




仕方がないと言い聞かせて、名前から遠ざかった私は寄ってきた女を片っ端から抱いて、寂しさを誤魔化すことにした。


でも、残念ながら名前以上に愛することができるような女には出会えなかった。


会いたいと願う反面、会いたくないとも思った。きっと名前は私を憎んでいるだろう。その感情を受け入れることができないほど、私は名前を愛してしまった。


ただ、こうして自分の死期が近いと分かると最期に一目名前を見たいと思った。




だから私はこうして会いに来たんだよ。






「馬鹿ね…」

「うん」

「他に言うことは?」

「ない」

「謝ってくれないの?」

「抱いたことは後悔はしていないから」

「馬鹿な人」

「うん」

「私、抱かれたことは後悔していない」

「え?」




そっと覆面をずらされ、息が少しだけ楽になった。目が霞んで名前が見えない。




「あなたは、怖かったのよ」

「何が?」

「私に愛されることが」

「…かな」

「私の気持ちを踏みにじったことを悔やんで下さい。絶対に許さないんだから」

「何それ。それじゃあ、まるで私を…」

「愛していたわ。誰よりも愛していた」




そこで初めて私は名前から逃げたことを悔やんだ。何故、自分など誰にも愛されやしないと決めつけていたんだろう。


あぁ、私は死ぬ。名前を密やかに愛して一人で死んだ方がいくらかましだった。


愛されていたなんて知っていたら、死が迫っている中、会いに来なかったのに。


死にたくないと思えば思うほど、意識は遠退いていった。嫌だ、死にたくない。




「あなたが私を一人にした罰よ」




手向けられた言葉は残酷に染み込み、私は身体の力も記憶も、全て天に預けた。


目が覚めると、そこは花畑ではなく質素な家だった。天国とは味気ないものだ。


ただ、誰よりも会いたかった子が私の手を握ってくれていた。ここは現実なのか幻の世界なのか、それさえ分からない。


でも、これで言い残した言葉を言える。神が私に最後に与えた慈悲なのだろう。




「名前…」

「気分はどうですか?」

「ん。ねぇ、言わせて」

「はい」

「名前を愛している。ごめんね」




にっこりと名前は笑って私の頬を撫でてくれた。そうして私の無の時間はようやく止まり、懐かしい時間が動き出した。

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