で | ナノ






『否臧って分かるか?否は悪、臧は善だ。』


そう言うあいつはいつも否定していた。
否定するのは悪いことじゃない、と俺が言っても、


『否定だけじゃ上手くいかない。やっぱり否は悪にしかなれない。』


何を言ってるのかいまいち分からなかった。
だから適当に、そういうもんか、と返しておいた。
珍しくもその返しは否定されなかった。





「出来る!絶対大丈夫だ!」


今日も左門は絶好調だった。
いつも通りでこのままいけば、きっとこの忍務は成功する。


『出来ねぇよ。絶対なんて有り得ねぇ、無理だ。』


言うと思った、と口には出さないでおく。
左門の「大丈夫」を否定するのは名前の癖みたいなものだ。
相変わらず否定された左門はむっとした。


「今日は大丈夫だ!無理なことはない!!」

『なんでお前はそう自信満々なんだよ。』


二人は決して仲が悪いわけじゃない。
むしろいつも一緒に居て仲がいい。
そこは俺だけじゃなく学園の皆が知ってることだ。

左門はよく迷子になる。
方向音痴だからしょうがないと俺が言うと作兵衛は少し怒る。
お前もだろ、と言われるのは何でだろうな。
名前はそのことを否定はしないけど、その代わりに何も言わない。
あいつは適当に何でも否定する奴じゃない。


『お前の決断がいつも正しいと思ったら大間違いだぞ。』


だけど、それを否定してしまったら左門が可哀相だ。
誰だって正しくなんかないし、いつも上手く奴なんていない。
だからこそ今日みたいな上手くいきそうな日にやらせなくてどうする?


「もういい!名前に理解されずとも、今回は僕が正しい!!」


そう言って飛び出した左門を俺は止められなかった。
一緒にいた作兵衛も、俺と同じことを思っていたのかもしれない。


『馬鹿野郎!!』


名前のそんなに焦った顔、久しぶりに見た。





全部終わる頃になって、名前の否定した意味が分かった。
俺達が間違っていたことを思い知らされた。


「・・・名前・・・!!」

『泣くな、左門・・・。』


今回の忍務はとある城の城主を暗殺すること。
その城は外にばかり兵がいて中の警戒は薄かった。
外の兵を倒し、後は中に堂々と入って殺せばいい。

兵は弱くないが強くもない。
これなら一人で城内に入っても大丈夫、というのが左門の意見だった。
残った三人で残りの外の兵を潰してほしい、と。
左門は方向音痴だが忍務の時は野生の勘が働くのか、迷うことはない。


『はは・・・やっぱり上手くいかねぇな・・・。』


しかし今日は何故か城内に外の倍の兵がいた。
俺達の暗殺をどこからか聞きつけていたらしい。

作兵衛と外の兵を蹴散らして約束の場所へ戻った後、
左門とそれを追いかけて行った名前はまだいなかった。
嫌な予感がして俺達も城に戻ろうとした時、二人は帰ってきた。
左門が血塗れのあいつを背負って。

油断していた左門を庇って大怪我をしたようだ。
一刻も早く処置しなければ命が危ない。
忍務は失敗、というか中断か?


「すぐ、すぐに保健室、連れてく・・・!」

『・・・なんか、嫌な予感がしたんだ。』

「もう喋るな!左門、名前を背負ったまま走れ!」


作兵衛の指示通りに俺達は走って帰った。
名前はもう喋るなと言われても饒舌だった。


『左門、ごめんな・・・。』

「違う!僕のせいで、」

『違わねぇよ・・・俺があの時、上手く止めていられれば、』


否定なんかせずに、意見を言うだけでよかったんだ。
俺が自分の考えを否定したせいで左門を泣かせた。

だから俺が悪い、だって。
なんだ、あいつも分かってないじゃん。





保健室に到着した時には名前は気絶していた。
死にかけてたけど、峠は越えたと聞いた。
意識も戻り、保健室でしばらく入院だそうだ。


「よ。」

『三之助か、珍しい。』


俺が見舞いに来たらおかしいのか?
そう問いかけると、否定が返ってきた。


「否定だけじゃ上手くいかない、って言ってたよな。」

『あぁ、言ったな。』


布団から出ながら笑うあいつ。
怪我は大丈夫そうだな、と思う。
今から柄にもないこと言うからよく聞けよ。


「だけどさ、いつも上手くいく奴なんていないって最近思ったんだ。」

『・・・・・。』


笑みは消えたけど、不快には思ってないんだろう。
むしろ、この先の言葉を求めてる。
こいつが欲しいのは否定なんかじゃない。
自分を受け入れるという肯定だ。


「否定は悪くないんだ。自分を否定するのがいけないんだよ。」


一年生に言うように優しく、
二年生に諭すように強く言葉を発する。


「だからせめて、自分を否定すんのはやめようぜ。」


お前が間違ってたら俺が否定じゃなくて意見してやるよ。
そこまで言うと名前は何故か泣き出した。
あーあ、俺左門に怒られちゃうな。






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