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 足が絡まる。うまく走ることが出来ない。
 それが当たり前なのだ、と言うと文次郎は怒るだろうか。


 腹部を刺された痛みで悶えていると「逃げろ」と言う低い声が聞こえた。
 視線をあげると文次郎が私の方へ歩み寄ってきた。
「逃げてくれ」
 それ以外何も言わず、ただ私を見下ろした。
 同じだった。私が文次郎に言いたかったのも同じ言葉だった。そう文次郎に言いたかった。
 でも私と文次郎の立場は違う。今逃げないと私は殺されるしかないのだ。だから私が文次郎に「逃げて」など言えるわけがない。
 何も言わない私に文次郎はもう一度「逃げてくれ」と呟いた。
「逃げて、くれ」
 文次郎は迷わない。絶対に、迷わない。これからもきっとそれは変わらない。
 嫌だ――――。
 絶対に嫌だ―――――。
 確信はない。でもきっと私が逃げた後彼と二度と会うことはないと思った。
 文次郎のことを信じられないの?
 そう聞かれたら信じれると答えたい。でも胸のところで何かが塞がって声が出てこなかった。
 情けないと思う。それでも私は立ち上がり進みだす。
 文次郎が「忘れていい」と笑った。そして私を見つめた。睨んではない。でもその視線はまっすぐ重く動かなかった。


 こけた時についた手に土の温度が伝わる。
 忘れていい――――。
 文次郎の声が鮮明に蘇る。
 無理だよ、今は無理だよ、と笑う。文次郎の無愛想な顔を思い出しながら無理無理と笑った。
 文次郎だって私のこと忘れられなかったから、逃がしたんじゃない。
 一緒に逃げようと言ってやればよかった。誰かから隠れながら逃げながら生きなくてはいけないとしてもこんなには苦しくはなかったと思う。
 後悔したってもう二度と戻ることは出来ない。その未来は絶対に選ぶことは出来なくなった。それでも、いい。その未来のへの未練をいつまでも持ち続け私は生きていく。そしていつか死んで文次郎を忘れる。
 それでいい。
 今じゃなくていい。

今じゃない

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