難ない 土にまみれた僕の手を、先輩は丁寧に撫でながら洗い流してくれる。隅々、そう、僕の指の股までも。そこに先輩の白の指が滑るから、何だか、ぞわぞわとくすぐったい。 「先輩」 「なあに?」 先輩が持って来た桶に手を浸ける僕と、その桶の中で僕の手を弄る先輩。二人掛ける縁側、辺りはいつもの様に騒がしい筈なのに気になりもしない。 僕の手を、執拗に撫で回す先輩が、目の前にいる。無意識に集中しちゃってる、先輩の動作は、一つも溢さず観ていたいから。 「もっと時間掛かってもいいですよ?」 「素直に言いなよきーちゃん、時間掛けて下さい、ってさ?」 先輩は狡い。女の顔をして僕に触れるんだ、試す様に誘う様に堕とす様に。その顔をしながら立花先輩も見るくせに、僕にもその顔を向けるから、先輩は狡い。 ねえ僕にもしてよ先輩、立花先輩にしてるやつ。仙蔵きもちい?って聞きながら、じゅるじゅる音の鳴るやつ。立花先輩が愛おしそうに先輩の髪を撫でながらする、ヤツ。 「先輩、ずっとここにいて下さい」 「夕餉までは一緒にいてあげるよ?」 「違います、ずっと、です」 「ワガママきーちゃん、お姉さん困っちゃうよ?」 そう言って先輩は桶の中の僕の指に指を絡ませる。僕の眼孔に、先輩の眼光を絡ませながら。叶わない願いにどうにか縋る僕を先輩ったら、楽しんでるんでしょ? 「先輩は僕のワガママ、好きじゃないですか」 「うん、だって私きーちゃん好きだもん」 日々地を抉る僕が培ったこの腕とは比べ物にならない程華奢な先輩の腕なのに、その非力なそれに僕は、囚われている。 決して僕の全てを満たしてはくれないと、知っているのになあ。 嗚呼、僕の左の胸には今日も、風ばかりが抜けていく。 20111003 |