似ない 私がどれだけあの男を象っても似ることはない。 『三郎』 「どうした、名前」 『また俺を真似してるの?』 「ああ」 自室の鏡の前で色々と試行錯誤していると名前が声を掛けてきた。 『最近は雷蔵の顔じゃないんだね』 「、たまには気分転換もいいかと思ってな」 『なるほど』 適当に頷いて名前は私の後ろに座り込み一緒に鏡を覗き込む。 『おお、俺がいる』 嬉しそうに笑う。 パッと見たくらいじゃどちらが名前か分からないだろう。そもそも私は変装名人なんだ、完璧に変装出来ている。そう思うのにもう一人の名字名前は本物の名前とは違う気がする。そんな訳はないのに、ヘアピースもメイクだってそっくり本人の筈なのに何かが違う。 今までこんな気持ちになったことなんてなかった。だから最近はずっと名前の変装。雷蔵や他の五年生は名前と間違えるのに。何がそんなに違うのか。 「なあ、私はそっくりか?」 『ああ、俺が二人いるみたいだよな。凄いよ』 「そうか」 『なに、どうしたの?』 「いや、名前に言ってもしょうがないことなんだけどな」 『えーそんなの分かんないじゃん』 不満そうに頬を膨らませる名前に口元が緩む。 「…雷蔵もハチもみんなお前と私を間違えるんだ」 『そりゃあ、これだけ似ていれば間違いもするよ』 「違う、そうじゃない。どこかが名前と違うんだ。私は変装名人なのに、全然お前になれない」 思わず俯くと名前の指が優しく頬に触れた。 『三郎、三郎。三郎が俺になれないのは当たり前さ。だってお前は鉢屋三郎だろ。名字名前とは違うんだから』 はっとした。私は鉢屋三郎で名前とは違う。誰でも分かるようなことがすとんと胸に落ちてきた。 そうだ、私はずっと名前に私として見て欲しかった。雷蔵としてでも変装名人としてでもなくただの鉢屋三郎として。 『俺はずっと三郎を三郎としてしか見ていなかった。だから今までお前を間違えたことなんてなかっただろ?』 「ああ、そうだったな」 誰に化けていても最初から名前だけは私をいつだって三郎と呼んだ。それが、堪らなく嬉しくて。 「名前には私を見て欲しかった」 自分に張り付いていた名前の顔を取り去って顔をあげる。 『初めて見た…これが本当の三郎なんだな』 「すきだ」 はにかむように笑った顔に口付けた。 似ない。 (上辺じゃなく) (自分自身を見て欲しいから) |