着ない 「なんでもねぇよ」 それが名前の口癖だった。 5歳の頃、既に出掛けたのだと名前の母親に言われ、幼馴染みの名前の帰りを私はアイツの家の前で待っていた。 やがて帰ってきた名前は、着物は擦りきれ身体中が血と泥でぐちゃぐちゃになっていた。そのくせ顔は5歳児とは思えない程飄々としていて涙一つさえも流していない名前に、私の方が慌てて泣きながらどうしたのだと聞けば、帰ってきたのはやはりあのお決まりの台詞。 「なんでもねぇよ」 そんなわけがないだろう。だが、頑固な名前はそれを繰り返すばかりで、私は結局何があって名前があんな姿になったのか知らない。 そして未だ、名前は相変わらず深い理由があるのだろうに理由を言わない頑固さを発揮している。 「名前…一年生の頃ならまだ許されるだろう。だが、六年にもなって何故忍装束を着ない」 「別に着なくても強いからいいだろ?」 確かにそれはそうだが、だから良いというわけでもない。 聞く耳も持たず横になって忍たまの友を読んでいる名前に、忍たまの友を取り上げ押し倒すようにその腹の上に乗る。 「うん?」 「今から忍装束を着なかったことを後悔するがいい」 着物の合わせ目に手を入れ、私は迷わずその着衣を脱がせていく。きょとんと無垢な目で見返され、少し笑えた。 いくら着ろと言っても聞かないお前が悪いんだ。どうせ私もお前も忍者になる身。好きな相手と結ばれないことはわかっている。だから、今ぐらい―― 突如、装束を掴まれ抵抗するのかと身構えた私に、名前は深く口づけた。 「っふ、ぁ…な、に?!」 「仕掛けたの、そっちからだろ?」 それこそ口癖のようになんでもないと言わんばかりに澄ました顔の名前に、私は反論しようとして口を開けたが、上手く言葉が出ずまたすぐ閉じた。 「忍装束着ても襲われる時は襲われるもんだって証明できたし?」 「…お前、は、」 人に迷わず口づけてきたくせに、妙に事務的なことを言って笑ってくる名前に段々と苛立ちが沸き上がり、それを押し込めるように一度深呼吸した。 「何故、忍装束を着ないんだ。お前のことだ。理由があるんだろう?」 「…なんでもねぇよ」 怒って部屋を出ていってしまった仙蔵の後ろ姿を見送りながら、こればっかりはなぁとため息を吐き身体を起こす。 何となく、5歳の頃を思い出した。 崖から落ちた場所が山賊のたまり場で、殺されかけた上に物好きに凌辱されかけたところを何とか逃げ出して…帰ったら、仙蔵が泣きながらどうしたなんて聞いてくるから、だから、 「なんでもないとしか、言えないだろ」 好きな奴に、泣きつけるかよ。 忍術学園に行くなんて言い出した仙蔵に、俺はなんでもないような顔して頭の中で進路変更して、さも前々から自分も忍術学園に行くと決めていましたと言わんばかりに両親を説得し、仙蔵に事後報告した。 そんな俺は忍者になるつもりなんかもちろんなく、だけど仙蔵が忍者になる気なら俺は仙蔵を守る。 忍者って、三禁で恋するのを禁じられている上、主君のためなら誰であろうと殺さなきゃならないんだろう?そんなの本末転倒だ。 俺が死ぬのは仙蔵を守って刃に貫かれる時で、そんなの仙蔵に言ったら全力で止められるのが簡単に想像できる。 俺の愛の形は歪で歪んでいるけど、仙蔵には何も見せず、何も知らないでいてもらいたい。だから、全部なんでもねぇんだよ。 俺は忍者じゃないから、一生忍装束なんて着ない。 |