ないこと あること
決して広くはない部屋の中で、お前と俺は隣り合わせに座っていた。
無口な俺は、ほとんどお前の話を聞くばかりなのだが、話を聞くには、これくらいの広さが心地よい。
今、お前は俺の隣で笑っている。
幸せとは、こういうことなのだろうか。
だからこそ思う。
なぜ俺はこのようなことにならなければ、お前がかけがえのない存在だったのか、気がつかなかったのだろうと。
俺が殺人の容疑をかけられ、ヴィスキオの王を倒すことを釈放の条件としてトシマに向かおうとしたとき、
お前の方が、苦しそうな顔をしていた。
お前はなぜ自分のことのように、他人が危険な目にあうことに対して
悲痛な面持ちになるだろうと疑問に感じていた。
俺がお前の立場だったら、俺自身がどうなろうと、
そんなに心を痛めることもないと思っていたからだ。
だが、もしお前がいなくなったら、俺は……?
あのとき、なぜそんな風に考えなかったのだろう。
いや、もし考えたとしても実感がわかなかったに違いない。
お前が危険な目に遭う可能性など、あの時は考えもしなかったのだから。
お前は俺を失うことを何よりも苦しんでいたが、
俺がお前を失って苦しむことになろうとは。
大切なものは、一度なくならないとわからないとはよく聞くが、
どれだけ長い間、大切なものを失くしていたのだろう。
失くしていたのは、ほんの数日の間だったが、
それは永遠とも呼べるような長さだった。
「アキラ、何を考え込んでいるんだ?」
お前に心配そうな声で、呼び止められる。思考はそこで中断された。
「いや、いつものことだ」
そっけなく返したつもりだった。
気がつくと俺はお前に、柔らかく抱きしめられていた。
その身から規則正しい命の音が、静かに聞こえてくる。
『いつものこと』の意味を、鈍いお前ですら理解したようだった。
「……考えても仕方がないことだ」
どうすればあのとき、お前の心に気づくことができたのか。
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