1万打企画
- ナノ -


▼ ラッキーとは到底言い難い

「松野さん、それじゃあ洗濯物畳むのお願いしていいですか? その間に私、お風呂洗ってくるので」
「おっけー、まかせて」

夕飯を食べて一段落して、風呂場へ移動する名前ちゃんを見送りながら洗濯物の山の傍らに胡坐をかいた。
バスタオルを一枚手に取って広げる。端と端を合わせて二つに折る。半分の大きさにしたタオルを、もう一度横に畳む。四等分に折ったバスタオルを膝のすぐそばの床に置いて、山の中からまたもう一枚、バスタオルを手に取る。

今まで松野家にいたときは洗濯物を畳むことなんて滅多にやったこと無かったけれど、名前ちゃんちに住み始めてからは少しくらい手伝うようになっていた。最初は洋服もしわくちゃにしてばかりで名前ちゃんを困らせていたし、今でもYシャツなんかは綺麗に畳めないけど、最近はタオルみたいな単純なものくらいなら手伝えるように成長した。俺めっちゃバスタオ畳むの上手いからね、ぴっしりばっしり綺麗に畳むから。バスタオルならもう全部任せてって感じ。名前ちゃんも「松野さんにはタオル係をお願いしますね」って笑ってたし、多分俺才能があるんじゃねえかな。
自分の畳んだ五枚目のバスタオルを眺めながら惚れ惚れとしているときだった。

「きゃあ!」

突然、風呂場から甲高い悲鳴が聞こえた。なんだ、何があったんだ。手につかんでいたタオルを投げ捨て、慌てて立ち上がり脱衣所の方へ走る。

「どうしたの名前ちゃん!」

風呂場を慌てて覗き込んで目に入ったのは、濡れ鼠になった名前ちゃんの姿だった。

「……え、」

白いシャツが濡れて、中に着ている黒いキャミソールが透けていた。それから、その奥のブラジャーの形も、うっすら分かる。シャツはぴったりと肌に張り付いて、身体のラインがくっきりと浮き出ていた。普段は服のせいであまり分からない胸のふくらみ、細い腰に、いやでも目が行ってしまう。その姿に少し、いやかなりどきりとしながら、動揺を隠しながら声をかけた。

「だ、大丈夫? どうしたの」
「えっと、水、シャワーの蛇口を間違えてひねってしまって。つい大声出してしまってごめんなさい」
「あー、そっか!蛇口、蛇口ね! 気を付けてね!」

艶めかしい姿に気を取られてしまって、自分から尋ねたくせに生返事で返してしまった。
えっ、大丈夫なの名前ちゃんその恰好、めっちゃえろくない!? 俺に見せて大丈夫!? なんか全然気にしてないみたいだけど、俺めちゃくちゃどきどきしてるよ!?
ぐっしょり濡れた髪の毛の水分を手で絞った名前ちゃんは、ただ黙って見ているだけの俺を不審そうに見ていた。

「松野さん、あの、バスタオル持って……、っ!」
「あ、」

名前ちゃんがびしょ濡れのまま、風呂場から脱衣所に一歩踏み出したときだった。濡れた足で滑ったのか、名前ちゃんはふらりと前につんのめる。それを咄嗟に支えようとしたけれど、バランスをくずして結局二人で床に倒れ込んでしまった。
めちゃくちゃ痛い、頭打った。目の前に星が飛んでる気がする。けど名前ちゃんを抱きとめる形で転んだおかげで、彼女が怪我しなくて済んだならまあ良しとしよう。今の俺、めちゃくちゃかっこいいな。

じんじんする頭の痛みがどうにか落ち着いて、衝撃でつぶっていた目を開く。状況を視覚で確認した瞬間、思考が止まった。
俺の身体の上に、名前ちゃんが倒れ込んでいる状態、ていうかこれ、あの、あれじゃん。よくAVで観たことある。単刀直入に言ってしまえば、騎乗位。騎乗位の恰好になっていた。俺と、名前ちゃんが。童貞にこの体制は、あの、ちょっとむらっとくるっていうか、興奮するっていうか、腰にくるっていうか。ごめん、ぶっちゃけていい? 勃ちそう。
ていうかさっきまで頭痛くて気が付いてなかったけど、名前ちゃん俺の身体に倒れ込んでるからおっぱい当たってるじゃん! めっちゃ柔らかいのが俺の胸板でつぶれてるわけ!? おっぱいってこんな柔らかいの!? 女の子ってみんなこの柔らかい凶器を胸に備えてるの!?
興奮と混乱に頭が追いつかない。20数年生きてきて、生まれて初めておっぱいがこんなに柔らかいことを知りました。母さん父さんありがとう、俺生まれてきて、生きてきて良かった。

「ご、ごめんなさい、松野さん大丈夫ですか……!?」
「え、いや! 謝らなくていいよ! 俺平気だし!ぴんぴんしてるし!」

ごめんを言うべきなのは、どっちかって言うと俺の方なんだよなあ。名前ちゃんは謝りながら慌てて上半身を起こした。ああ、せっかくのやわらかい感触をもう少し堪能していたかった。いやでも濡れ鼠のおかげでなかなかにエロい格好の名前ちゃんが俺の腰の上に座っているこの状況も興奮する。絶景だった。

ジーンズがそれなりにごわごわしているおかげで、徐々に硬くなり始めている己のそれはまだ気が付かれていないだろう。もし気が付かれたら恥ずかしすぎて居た堪れない。だけどこのままだと、気が付かれるのも時間の問題だ。
女の子が自分の腰に乗っていることが、こんなにも刺激的なものとは思わなかった。女の子だからじゃなくて、相手が他でもない名前 ちゃんだからなのかもしれないけれど、比較することは出来ないし、ていうかもうどんどん硬くなっちゃうから本当にやばいんだって。悠長に分析とかしてる場合じゃない。

「あの、頭とか打ってないですか? 冷やしましょうか、私、氷とか」
「いや、いいよ。大丈夫だって」

彼女の心配の声を遮って、とりあえずこの勃ってしまったものを名前ちゃんから離すべく口を開いた。頭より先に下半身を冷やしたいの、ごめんね。この状況最高に興奮するけど、このままだと非常にまずいの。

「それよりさ名前ちゃん、もうシャワー浴びちゃいなよ。お湯ためるのは今日はもういいじゃん。そのままだと風邪引くよ? 着替えとかタオルとか、俺持ってきてあげるからさ。ね?」
「え、ああ……それもそうですね。あっ、ごめんなさい、私重かったでしょう」

名前ちゃんは慌てて俺の身体から退いてくれた。その拍子に彼女の膝が芯を持ちつつあるそれに少しかすれ、快感が走る。もうさ、一回こうなるとただ触れるだけの刺激でも気持ちよくなっちゃうんだよ。思わず声が漏れそうになったのを、唇を食いしばってなんとか耐えた。
名前ちゃんが腰から完全に降りたところで、不審にならない程度に深呼吸をして、落ち着かせる。危なかった。名前ちゃんとの生活では遠慮とか恥じらいとかそういうのは全く考えてないけれど、さすがに勃起したとこ見せるのは無理。最悪追い出されちゃうかもしんない。

「それじゃ、五分位したら脱衣所入るから、ちゃんと風呂場のドア閉めといてね」
「はい」

ぱたんと脱衣所のドアを後ろ手に閉め、そのままドアにもたれかかってずるずると床にへたり込む。はー、やばかった。名前ちゃんのシャツが濡れて透けている姿、くっきり浮き出た身体のライン、彼女が俺の腰に乗っている姿が頭から離れない。
これからのことを考えると早く高ぶりを押さえなくちゃいけないのに、どうしたってさっき見たあの魅惑的な光景が忘れられない。だって仕方なくない? あんなん見せられてさぁ、俺悪くなくない? 男なら誰だってこうなるでしょ、不可抗力だよ。

しばらくオカズには困らないなといっそ開き直って、畳んだばかりのバスタオルと名前ちゃんのパジャマ、それからなるべく直視しないように、手触りを意識しないようにしながら下着を手に取って、脱衣所へ入った。まだ下半身の昂りは収まってないけれど、これはまあ、名前ちゃんが風呂を出るまでに収まればいいだろう。

「着替え、棚のとこ置いとくからねー」

磨りガラスの扉の向こうに声をかけると、シャワーの水音がきゅっと音を立てて止んだ。

「すみません、ありがとうございます」

ガラスの向こうに見える朧げな肌色がこもった声で答える。おぼろげではあっても、その肌色は名前ちゃんの形をして、丸見えじゃないけど丸見えってことで、やっぱり刺激が強かった。この扉一枚を隔てた向こうに、名前ちゃんが裸で立っているんだなって思うと、正直頭がどうにかなりそうだ。もし、この扉を力に任せてこじ開けたら。そんな実行する気もないのに浮かんだ妄想を、頭を振って振り払う。

提案したのは俺だけどさ、名前ちゃんも考えなしじゃない? 普通入浴中に男を脱衣所に入れるかなあ。危機感大丈夫なのかな。ここに居着いてから何度考えたか分からない疑問は、いつも通り「その危機感の薄さを良いことに部屋に転がり込んでる俺が言うことじゃない」という結論に至るのだった。


「お風呂、上がりました」
「……うん」

風呂を出た名前ちゃんが、俺が座っているソファの横に腰を下ろした。なんでいつもはあっちで乾かしてから来るのに、今日に限って頭濡れたままなの。
彼女がタオルで髪の水分を拭うたびに、濡れた髪からふわりとシャンプーの甘い香りがする。温まって少し赤く火照った身体だったり、濡れた髪が薄く張り付く細い首筋だったり、女の子の匂いだったり、嗅覚からも視覚からも誘惑されてるような気がして、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
普段の俺の忍耐力すごすぎない? 今までよくこの姿を毎日見て平常心でいられたよね。よくむらっとしないでいられたよね。今日はもうだめだ。どんなに小さいことでもそういう風に見てしまう。

脱衣所を出てから必死で落ち着かせた下半身に、また血液が集まり始めるのが分かった。あーあー、さっき頑張って冷やしたり松代の風呂上がりの姿とか想像したりして萎えさせたのにさあ、もうさあ。
駄目だった。徒労に終わってしまった。名前ちゃんに触りたいしキスしたいし押し倒したいし喘がせたいし吸い付きたいしまさぐりたいしぐちゃぐちゃにしたい。全身に触れたくてたまらない。頭の中で理性と本能が喧嘩している。頑張れ俺の理性。勃起はセーフだけど行動に移すのはだめだ。もはや完全に勃ってしまったそれをどうにか隠そうと、ソファの上で体育座りをしてみる。これなら横に座っている名前ちゃんからは気が付かれないはずだ。

「……松野さん? どうかしました?」
「どうって、べつに」
「お風呂、入らないんですか?」
「入るよ、入る入る」

名前ちゃんが首をかしげて、俺を見つめる。首をかしげたりきょとんとしたりさあ、さっきからこの子は何なの、俺をどうしたいの。かわいいな、くそ。

「今ならまだ浴室暖かいですよ」
「だから入るってば」
「じゃあ動かないんですか」

名前ちゃんがきょとんとした顔から訝し気な顔に変わる。そりゃ不思議に思うよね、テレビとか見てるわけでもないのに、体育座りして動かないんだもん。でもごめんまじで今は少しそっとしておいてほしい。せめて下半身の熱が収まるまでは、立ち上がったらまずい。

「もしかして、体調悪かったりします?」
「いやべつに、普通」
「普通って……でもさっきからなんか、変ですよ」
「普通でしょ、俺超元気じゃん」
「……ねえ、もしかして熱とかあるんじゃ」

そう言って名前ちゃんが俺の顔に手を伸ばした。彼女の指が、触れるか触れないかくらいの弱さで俺の頬に触れる。そのこそばゆい感触にびくりとして、思わず彼女の腕を強く振り払ってしまった。

「……え、」
「あ、ああああごめん! 」

彼女の唖然とした表情に胸が痛い。ごめん、めっちゃごめん。今めっちゃ名前ちゃん拒絶したみたいになっちゃったけど、違うから! どっちかって言うとやましいこと考えてるときに触れられてドキッとしちゃっただけだから! こんなんまさか本人には言えないけど!
焦って思わず体育座りから名前ちゃんの方へ向きなおして、俺に振り払われた腕を宙に浮かせたままぽかんとしている彼女に手を合わせる。

「ごめん! びっくりして!」
「い、いえ、私こそごめん、なさ……、」

名前ちゃんの言葉が、不自然に途中で止まる。彼女の視線は俺の顔じゃなくて、それよりも下の方に向けられていた。……あ、忘れてた。不自然に浮き出たジーンズは、勃っているのがありありと分かる。やばい、気が付かれた。

「え、えっと」
「あ、あー、これは、えっと」

はは、と乾いた笑いが、口から漏れた。どうしよ、どうしようこれ完全に引かれた。名前ちゃん口元引き攣ってるもん。どうしようどうしようと頭の中で唱えたって現状がどうにかなるわけではないけれど、これからの円滑な生活のためにも、何とかこの場を乗り切らねばならない。かくなる上は。

「すみませんでした!!」
「えっ、松野さんなにしてるんですか!?」
「土下座」
「やめてください! せ、生理現象じゃないですか! 気にしてないですから!」

土下座をしていた。床の上に膝をついて、頭をべったり床につける。名前ちゃんの顔は見えないけれど、声からして困惑しているのがなんとなく想像がついた。とりあえずドン引きしている声じゃないのが救いだ。
あーもうやだ。好きな子にさぁ、こういうとこ見せたくないわけよ、俺も男だからさぁ。でも引かれたり気持ち悪がられるよりは、かっこ悪い姿見せる方がまだましかなあって、そう思うわけ。松野さん気持ち悪いとか言われたとこ想像したら軽く泣けてしまいそうだ。

絶対、今晩名前ちゃんが寝た後にトイレこもろう。そしてこんなアクシデントが二度と起きないよう、こまめに抜いておこう。
「やめてください、顔上げてください!」なんて名前ちゃんの焦った声を聴きながらも、俺はそんな馬鹿な決意を固めていた。