1万打企画
- ナノ -


▼ 盆と正月には帰ってきてやるよ

※寝坊助If 出来てる2人が六つ子と対面


「今日の夕飯は俺の行きつけのとこに連れてってやるよ」

俺の彼女って紹介したらあいつどんな顔するかな、なんて言って彼に連れ出され着いた先は、おでん屋台だった。ハイブリッドおでんって、一体どういう意味だろう。
松野さんと店主はどうやら気の置けない仲のようで、彼らは顔を合わせると途端に軽口を叩きあう。

「おそ松ぅ!?おっまえ、どこ行ってたんだよ!?あいつらめちゃくちゃ探してたぞ!」
「ようチビ太、久しぶりー。へへ、ちょっと色々あってさぁ。久しぶりついでに今日はタダでいいよな?」
「え、あ、あの、私お金だしますよ、松野さん」
「いいのいいの、名前ちゃんは気にしないで。ここは俺にまかせてよ」
「……? そっちは?」
「苗字名前ちゃん。俺の彼女でーっす。どうよ、かわいいっしょ」

松野さんに両肩をつかまれて、ずいと手前に出され紹介される。会釈をすると、屋台の店主はひどく愕然としていた。

「彼女ぉ!?」
「おそ松兄さん!?」

前後でひどく驚いた声が聞こえた。店主の声と、背後からもう一つ。
振り向くと、松野さんがいた。思わず真横の松野さんを見て、それから背後の松野さんを見比べる。どういう、一体どういうことなんだ。松野さんが二人いる。

「おー!トド松じゃん、久しぶりー」
「ひ、久しぶりじゃないよ!どこ行ってたの!?急にいなくなって、みんなすっごく心配したんだよ!?」

松野さん(仮)は松野さんの肩をつかんで激しく前後に揺らす。松野さんは「トド松ちょっと落ち着けって」と目を回しながら答えている。トド松、トド松。松野さんが以前口にしていた、五人いる弟さんのうちの一人だろうか。
トド松さんは、それから三分くらい松野さんを前後に揺らしたり肩を殴ったりしてから、ようやく私に気が付いた。目が合ったので、軽く頭を下げて挨拶する。

「……誰!?」

ううん、これは説明が面倒くさそうだ。

  ◇

「お義母さんって呼んで」
「お、おかあさん……?」
「それで、後継ぎはいつごろになりそう?」
「後継ぎ……?」

よく状況を理解できないうちに、あれよあれよと見知らぬ家へ連行された。松野さんの実家、だと思う。
にこにこ笑う女性に私の手を握られる。この人が、松野さんの母親。優しそうな人だ。少し発言が飛躍しているけれど。

「俺たちが心配してた間に何してたんだ!」「女の子に養ってもらってただぁ?ざっけんな!」「随分いいご身分だね」「ずりーよおそ松兄さん!」「十四松兄さん!卍固め!」

隣の部屋では、松野さんが松野さん五人に囲まれて責められプロレス技をかけられている。多分、着ている服から察するに、あのプロレス技をかけられているのが、私の知る松野さん、だと思うのだけれど。
しかし壮観だ。松野さんが六人もいる。

「あ、あのう……松野さん、」
「はい!!!!!」

控えめに声をかけると、同じ顔の5人が一斉に振り向いた。すごい。本当にすごい光景だ。
その勢いに思わず驚いて、正座したまま気持ち後ずさる。

「あ、ええと、その」
「名前さん、だっけ。おそ松兄さんとは、その、付き合って……?」
「はい、松野さんと、お付き合いさせていただいております。苗字名前です」

自己紹介をして、深々と頭を下げる。良かった、ようやくまともに話を聞いてもらえそうな空気になった。
そう思ったのもつかの間、彼らは畳にうずくまって「先越されたああ!!」だの「結婚詐欺じゃね」だの「どっちかっていうと詐欺する側だよね俺ら」だのとごちゃごちゃ話している。ええと、話についていけない。
松野さんに助けを求めたいけれど、当の本人は先ほど技をかけられて死んでいる。孤立無援だ。私はこのアウェーな空間で、一人。

「ほんっとにおそ松兄さんでいいんですか!?同じ顔の僕が言うのもあれだけど、こんなちんちくりんですよ!?」
「ちんちくりん……」
「しかもクズだよ」
「ニートだよ!?騙されてない!?」
「あ、クズなのも無職なのも知ってます。大丈夫です」
「知ってんの!?大丈夫なの!?」

松野さんがクズなのは知っているし、その上で彼に惚れているので特に問題はない。

「ねえ名前さんさ、おそ松兄さんより僕にしない?母性本能をくすぐるタイプが好きなんだったら、末っ子の僕の方がいいと思うな」
「どさくさに紛れて口説くなトド松!」
「いいじゃんそれくらい!」
「ほんっとうに兄さんでいいんですか?ニートですよ?月給0円どころかギャンブルでマイナスですよ?」
「その分私が稼げば問題ないかと」
「LINEやってる?」
「やってます」
「野球出来る!?」
「キャッチボール程度なら」
「義姉との禁断の愛か……。ふっ、それも悪くない」
「義姉じゃないです」
「猫好き?」
「好きです」

ああ、どうしよう。順番に五人から話しかけられているけれど、全然見分けがつかない。次から次へと流れてくる言葉を必死に打ち返すだけで精一杯だ。
そうこうしている間に、プロレス技をかけられ倒れていた松野さんが復活した。ふらりと立ち上がり、口を開く。

「……おめーら黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって! 名前ちゃんは俺のだっつーの!! 名前ちゃんも他の男に簡単に好きとか言うなよ!!」

沈黙が、部屋に広がった。
今、わりと恥ずかしいことを言われた気がする。というか私、猫が好きかの質問に答えただけなんだけど。

「……帰る」
「えっ」
「おそ松兄さん、帰るってどこに」
「名前ちゃんちに帰んの!!はい帰省終了!盆と正月には帰ってきてやるよ!じゃあな!」

腕を強く引っ張られ、立ち上がらせられる。松野さんは足を進めて居間を出て行くので、私もそれにつられて部屋を出る形になる。サングラスをかけた松野さんが咄嗟に鞄とコートを渡してくれなかったら、手ぶらで帰るところだった。

「あっ、あの、お邪魔しました!」
「また来てねー」
「次来たら野球しよーねー!」


家を出たあと、松野さんは何も言わずにずんずんと歩き続けた。ずっと引っ張られている腕が少し痛い。振り返って顔を合わせてくれないし、話しかけても何も言ってくれないし、なんだか不安になる。

「松野さん、松野さんってば!」
「…………」
「まつのさ、あ、お、おそ松さん!」
「……なに」

名前を呼ぶと、少し遅れてぶっきらぼうな声が返ってきた。良かった、振り向いてもらえた。そっと胸を撫で下ろす。

「さっき、松野さんって呼んだら、全員振り向いてびっくりしちゃいました」
「……全員松野なんだから、当たり前じゃん」
「はい、だから、あのお家だと、松野さんのことおそ松さんって呼ばないとですね」
「……あの家じゃなくても、普段から呼べばいいのに」
「ふふふ、さっきからずっと無愛想ですね」
「……うるさいな」
「やきもちですか」
「……うるさいってば」
「じゃあ静かにします」

何も言わずに、指を絡めて手を繋ぐ。松野さんの指は柔らかくて、でも男らしくごつごつと骨ばってもいて、不思議な感触だ。それに気が付いたのは、こうして指を絡めるようになってからだった。

「松野さん、お盆と正月にはまたあのお家へ帰るんですね」
「ん、うん、まあ……」
「じゃあそのときは、家で私は留守番していますから、家族水入らずゆっくりしてくださいね」
「……うん」
「それでいつか、恋人じゃなくて許婚として、みなさんに紹介してくださいね」

松野さんは何も言わない。
ただ、強く握り返された手が、答えをくれた。それだけで、十分だった。