小説
- ナノ -




いつか私も仲間に入れてね




「俺ねえ、他人と同棲とか、結婚とか、ぜってえ無理だと思ってたんだよね」
「……そうなんですか」

学生時代の友人の結婚式帰り、駅まで迎えに来てくれた松野さんと並んで歩く。家まではあとおよそ5分。夜になって冷えた空気が、シャンパンのアルコールで火照った肌に当たり心地良い。
松野さんが夜空を見上げながら、いつもの軽い口調で話し始める。つられて夜空を見上げたけれど、東京は灯りが多くて、星なんてほとんど見えやしなかった。冬の大三角は、果たしてどの星だっただろうか。

「だってさあ、全然知らない場所で生まれた他人同士だよ? 育ってきた環境だって全然違うし、絶対喧嘩するでしょ。トイレの蓋しめろーとか、トイレットペーパーは絶対ダブル!とかさ」
「なんで例えがトイレ縛りなんですか」
「例えは例えだってば」
「はいはい」

水刺さないで、と少し拗ねたような声を出すのが可愛らしくて、苦笑いしながら続きを促した。
車の不在を確認して、横断歩道を渡る。さりげなく道路側へと立ち位置を替わる彼の優しさには、指摘すると照れ隠しされてしまうから気がつかない振りをしていた。

「今の家族よりもさ、他人との生活を選ぶって、すげえ大きなイベントじゃん」
「はあ、」
「そんな、一生かけてこの人だけを大切にするぞー!って、人生八十年以上あるうちのさ、半分どころか三分の一も経ってないうちにみんな決められんの、やばくない?」
「それはまあ、そうですね、私も思います」

私もそろそろ周りに結婚はいつかとせっつかれる年頃だ。最近は晩婚化が進んでいるのだと説明しても、親世代は納得してはくれない。
そんなに焦らなくたっていいんじゃないかなあ、とは思うけれど。でも、その一つ前の言葉には、少しだけ違和感を覚える。

「けど、少し違うんじゃないですか」
「うん?」
「松野さんが、さっき言ってたやつ。結婚って、今の家族と、これから添い遂げることになる一人を天秤にかけるわけじゃないでしょう?」

松野さんのお父さんも、お母さんも、五人の弟さんたちも。全員、ずっと、いつまでも松野さんの家族で、かけがえのない人であることに変わりはない。
私もいつかは、そのかけがえのない人たちに仲間入り出来たらな、なんて思ったりもするけれど、まだそれは言葉には出さずに、触れていた掌に少しだけ力を込めて彼の手を握り直した。

「新しく、この人と家族になりたいなって思った人が、家族の一員に増えるだけなんじゃないかな」
「そういうもん?」
「そういうもん、だと思いますよ。何も捨てるものはないんです。ただ、大切な人が増えるだけ」

話しているうちに、マンションのエントランスにたどり着く。暗所に慣れた瞳には、白い蛍光色が少し刺激が強い。


「……まあ、松野さんは同棲っていうよりは居候からの始まりでしたよね」
「良い話っぽかったのに名前ちゃんすーぐそういうこと言う」
「それで、実際に同棲してみて、いかがでしたか」
「……まあ、悪くはないかな」

それは何より、恐悦至極。
満足げにふふんと笑って、ただいまと玄関の扉を開けた。




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