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あと食洗機も買ってくれなきゃ嫌



「扶養家族、ドラフト会議?」
「扶養家族ドラフト会議」

復唱に復唱を重ねなくていい。扶養家族とドラフト会議なんて一生出会わないはずの2人が出会ってしまった謎の言葉に、思わず眉を顰めた。

「……ふうん?おばさんとおじさんが離婚の危機で?あんたら六つ子の中から扶養するのを選ぶってわけ」

説明を聞いてもよく分からない催しだった。
20年以上近所に住んではいるものの、松野家のノリは今でも私には理解しがたいものだった。

「それで、どうなったの」
「結論から言えば、僕がドラフト1位になった」
「はあ?なんで?なんでチョロ松?」
「いやいやいや、どう考えても僕が一番安パイでしょ」
「安パイって自分で言うかあ……。チョロ松は真面目かもだけど、真面目を装ったクズだからね。おそ松みたいに分かりやすいタイプじゃないけど」
「はあ?おそ松兄さんと比べる?僕どう見ても息子として一番立派じゃない?」
「どうかなあ……」
立派になろうとしてる気概は認めるけど。

「それに、僕なら孫の顔だって見せてあげられるし」

ぶっ。

「うわっ、汚え」

思わず私がテーブルに吹き出した麦茶を、チョロ松が嫌そうな顔をしながら台拭きで拭く。なに言ってんだこいつ。

「孫?孫って言った?今」
「言ったよ。考えてみてよ名前、六つ子の中で誰が一番先に結婚すると思う?」
「え、十四松かな」
「いや僕だよ」

いや十四松は適当に言ったけど。なんか十四松は早そうな感じする。美人の奥さんもらってたくさんの子供に恵まれそう。
でもチョロ松はない。なんでチョロ松はさも当然な顔してるんだ。

「何を根拠に」
「六つ子の中で僕だけがまともじゃん」

真顔で冗談言うのはやめてほしい。

「いい?チョロ松。順番つけたら、たしかに、もしかして、まともに近い方にいる、かもしれないけど。少なくとも世間的に見て、あんたまともじゃないよ」
「えっ」
「まともな人は釣り堀にコスプレして潜ってコントしない」
「えっ」
「まともな人は弟のバイト先で迷惑行為をしない」
「えっ」
「まともな人は金のために尻に旗を刺さない」
「ええっ!?」

そこ一番驚くところかなあ。

「まともだと思うけどなあ……」

おかしいなあと呟いて頭をひねっているチョロ松に呆れる。まともな方だとは思うけど、まともな人だとは思わない。
心底不思議そうに頭を傾げているチョロ松に呆れてため息をつく。まあ、そんなまともじゃない彼に長年惚れている私も、まともとは言い難いけれど。恋は盲目、あばたもえくぼとはよく言ったものだった。

「大体、いきなり孫っておかしいでしょ。結婚って1人じゃ出来ないんだよ?分かってるの」
「あ、当たり前だろ?」
「じゃあ誰と作るの。相手のアテがあるの?」
「そ、それは……」

いたら私が困るけど。
トト子ちゃんがいるとか言いだしたらとりあえず肩パンしてやろう。そのあと誰か誘って自棄酒しよう。おそ松、は駄目だな。人の金と分かった途端高いの頼みまくるし。

「名前が、いるだろ」
「は?」

このあとの傷心を慰める算段を立てていると、空耳が聞こえた。
それも、自分にかなり都合がいい空耳が。

「名前が、俺と結婚すれば」

空耳じゃなかった。
私とチョロ松が結婚すれば。すれば?
そのあとの続きをチョロ松は口にしない。口にできない。
目を丸くしてチョロ松の顔をまじまじと見ると、普段より少し顔が赤かった。なに、なんで急に。そんなフラグ今まで全くなかったじゃん。
長年の片思いで鍛えられた脳は、簡単には現実を受け入れてくれなかった。

「や、やだ!」

思わず拒絶の言葉が口をついて出ていた。

「え、」
「チョ、チョロ松の子供って、絶対昔のチョロ松に似てやんちゃそうだもん。すばしっこいし、絶対疲れそう。やだ!」
「はあ!?それは、二人で協力すればいいだろ!」
「やだ!チョロ松育児に協力してくれなさそう!赤ちゃん夜泣きしてるのに『早く泣き止ませろよ』とか不機嫌そうに言う!絶対言う!」
「言わねーよ!めちゃくちゃ協力するわ!」

どうして私たちは告白も結婚も出産も飛ばして育児の話をしているのだろうか。

こんなに喧嘩腰に会話しているのに、心臓はばくばくとうるさくて、顔も熱くて、チョロ松の顔も真っ赤で、なんだか頭が沸いてるみたいだった。これだから拗らせた初恋は面倒くさい。

結局、「あのさあ、痴話喧嘩なら他でやってもらえる?」と競馬から帰ってきたおそ松に言われるまで、私とチョロ松は子供の出産から教育について言い争っていた。
最終的に四世帯住宅まで話は展開していた。システムキッチンじゃなきゃ絶対やだ。



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