「いいと思うよ…って、ジュースなんて入れてあったっけ?」
「え?」
「×××ちゃん、ちょっと飲むの待っ…」
ごくん
「あぁぁぁぁ!やっぱり…!」
メグルのストップより、×××がコップに口をつける方が一瞬早かった。メグルの叫びが家中に響き渡る。
それを聞いてシキはようやく目が覚めた。時刻は夕方五時である。
そして――…
「はぁ!?」
珍しく大きな声を上げて驚いた。
●●●愛情サプリメント●●●
シキの前で何故かひたすら謝り続けるメグル。彼の手にはいかにも怪しげな色の入った液体の瓶。
メグルの向こうには、何やら訳知り顔のサトル。このドS顔が怪しすぎる。
「×××ちゃんが間違えて飲んじゃったみたいで…」
間違える以前に普通はこんな怪しい色の液体を飲もうとしないだろ。シキは内心毒づいた。
「……………」
「シキくん?」
「アイツ、部屋に閉じ込めておく。一晩経てば戻るんだろ?」
様々な効果を秘めた悪魔の実エキス。その中の一本を間違えて×××がそれを口にしてしまった。
滅多に使わない一本なのに、冷蔵庫に紛らわしくジュースのふりして入っていたらしい。
こんな事を思いつく、イタズラ好きの住人と言えば…
「…サトルさん」
曲者ばかりの悪魔ハウスの中でも一番の要注意人物、鎌苅理。今回も彼が犯人のようだ。
「別にシキが相手してあげればいいじゃない」
「!?」
×××が口にした悪魔の実エキスは、いわゆる媚薬と称される成分の入っているもの。
メグル曰く、そんなに量は飲んでいないとのことなので、強い効果が現れるわけではない。
だが、それでも媚薬は媚薬。×××には辛い思いをさせるかもしれないが、閉じ込めておくべきだ。
サトルさんの言い分にも一理あるけど…。シキは内心葛藤していた。しかし表情にはあまり出ていない。
「そういうの、結婚前にはしない」
「したじゃん」
「あれは…!」
貴族出身のシキにとって、遊び以外の婚前交渉は論外だ。確かにあの時はサトルに乗せられてしまったけれど。
だからこそ、無闇やたらと行うべきではない。プラトニックというか、シキは古い考えの持ち主だった。
「…あの時一回きりじゃないくせに」
「なっ…!」
「俺の能力、忘れてない?」
サトルの能力は未来予知。早い話、彼には全てお見通しだったというわけだ。口では勝てないシキが実力行使に出た。
「…サトルさん、あんまりシキくんをからかわないで下さい!」
無言でダイニングの椅子を掴んだシキをメグルが慌てて止める。部屋を荒らされたら片づけるのはメグルの役目だ。
とばっちりで掃除をする羽目になるだなんて嫌だ!兄さんが帰ってきたら怒られるのは僕だし!これがメグルの本心である。
「ほら、シキくんも落ち着いて…って、シキくん!?ロープと工具箱持ってどこ行くの!?」
「……アイツの部屋。縛ってくる。ついでにドアも開かないようにしておく」
「それ、犯罪だから!」
メグルに説得され、シキは×××の監禁を諦めた。
「…アイツに説明する」
「珍しいね。シキがそういう事するのって」
「サトルさん、うるさい」
これがカケルさんなら、四字熟語グッズを捨ててやるのに。物騒な事を考えながら、シキは×××の部屋へと向かった。
*****
「シキくん?どうしたの?」
立ち話も何なので、とりあえずベッドに二人で腰掛ける。
「さっき飲んだやつ」
「うん。何か、ジュースじゃなかったみたいだね」
「やばい薬入ってた」
「薬!?」
そんな危険な物、冷蔵庫に入れておかないでよメグルくん…。サトルのイタズラとは露知らず、×××はメグルを恨んだ。
「辛いかもしれないけど、今日は一人でおとなしく寝てろ」
一人でおとなしく寝る?それなら――
「シキくんは?」
「……一人で寝る」
一緒じゃないと眠れないと言ったシキが、自分から一人で寝ると言い出した。一体これはどういうことだろう。
「たぶん、我慢できないから」
ぷい、と顔を背けてしまったシキに、×××はよっぽどヤバい薬だったのかと不安になる。そしておずおずと聞いてみた。
「私、一体何を飲んだの?」
「……………媚薬」
長い間を置いてそう告げたシキの横顔は、何だか赤かった。
「結婚前にそういう事するの、ホントはいけないし、それに…」
こっち見るなと言わんばかりに顔を背けながら、シキはぼそっと呟いた。
「……もっとちゃんとした所で抱きたいから」
ぎゅうぎゅう抱き枕よろしく抱きついてくる普段のシキから発せられたとは思えぬ台詞に、×××の胸は思わず高鳴った。
シキだって、彼なりに色々と考えているのだ。どこか静かな場所で二人きりで過ごせたら。…この家には何かと邪魔が多すぎる。
「…薬、あと一時間ぐらいしたら効いてくると思う」
「うん……」
二人の間に沈黙が流れる。隣にいる相手に心臓の音まで聞こえてしまいそうな沈黙。
――コンコン
ドアをノックする音がして、反射的に×××は立ち上がった。ドアを開ける姿が少し挙動不審だったのは気のせいだ。
「メグルくん?」
「そ、その、今から突然出掛ける事になっちゃって、た、たぶん今日はみんな戻らないから!」
「みんな?」
それだけ言うと、真っ赤な顔でメグルは部屋を出ていった。一気に階段を下りていく音が聞こえる。
階下からバタバタと走る足音が聞こたかと思うと、大きな音を立てて玄関のドアが閉まった。
×××はぽかーんと立ち尽くしていたが、とりあえずさっきまで座っていたベッドの上に戻った。
「…みんな、出掛けちゃったみたいだね」
「……うん」
「………………」
「………………」
いつもシキがするように、×××がシキの服の袖をちょんと掴む。
「……だめ?」
「…………バカ!」
自分の貞操観念が古いということは、シキも何となく気づいていた。別に恋人同士ならば何の問題も無いことも。
何だかんだ言って夢中になってる彼女と今夜は二人きり。しかも彼女の方は何だかその気。まさに据え膳状態だ。
それでも今まで培ってきた観念みたいなものは、そう簡単には無くならない。
――そんな彼の内心を知ってか、知らずか。
「…私とシキくんなら、恋人らしいことしたっておかしくないよ?」
こういうの、世間では何と言うんだっけ?……あぁ、小悪魔だ。
悪魔を振り回す、時々小悪魔の彼女。
――黒羽志貴の葛藤はまだまだ始まったばかり。
End.
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実は色々と考えているシキくん。
たまにヒロインに振り回されるシキくん。
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