――長かった。

ジャンさんの敬語が抜けるまで、本当に長かった。職業病のようなものだと言っていたけれど、本当にその通りだった。
すれ違いや遠回り、ジョシュア様に振り回されることもあったけど、晴れてジャンさんの恋人になることが出来ました。





魔法使いの花嫁







恋人になれたと言っても、特に何が変わったというわけではなく、相変わらず執事と客人の距離だ。
ただ、二人きりだとかなり甘い関係だと思いたい。ジャンさんが仕事が終わった後のわずかな時間を私の為に割いてくれる。それが嬉しい。


「こうしてると、仕事に戻りたくないね」

今夜も仕事が終わった後、ジャンさんがふらりと私にあてがわれた客室を訪れた。
他愛無い事を話ながらちょっと飲んで。彼が片手でネクタイを緩める姿をじっと見てたら笑われた。

「…そんなに見てたって、何も出てこないよ。おいで」

そう言って、手招きされた。椅子から立ち上がって、ジャンさんが座る三人掛けソファーに移ると、腰に手を回され軽く抱き締められる。
肩に感じる重みは、おそらくジャンさんの頭。

「ジャンさん、もしかして甘えてますか?」
「さぁ?どうだろう」
「甘えてますね」
「…ホント、君には勝てないね」

小さなリップ音を立てて、ちょんと額にキスをされた。

今日はこんな事があったとかなかったとか。今日の出来事を聞いたり話したりしていると、何だか一緒にいた気分になれる。
話が盛り上がる中、ふとベッドサイドの置時計に目をやれば、そろそろ時計の針が揃う頃。
ジャンさんも私の視線の先に気がついたのか、緩く抱き締めていた手を離すと、おもむろに立ち上がった。

「それではお姫様、おやすみの時間です」

両脇に手を差し入れられてソファーから立ち上がらされる。そのまま体が浮いて、ジャンさんに抱っこされてしまった。
軽々ってわけじゃないけど、人ひとり持ち上げてしまうあたり、私とは体の作りが違うんだなと実感してしまう。
いつもより高くなった目線。このままベッドに運ばれて布団を掛けられておやすみなさいだなんて、寂しすぎる。


――シンデレラの魔法なんて、現実には存在しない。


「…煽られると困るんだけどなぁ」
「困らせてるんです」

拗ねたようにこっちからしがみつけば、苦笑混じりの困り顔。実はその困り顔も好きなんですって言ったらどうしますか?

「あまり長居すると、本当に帰れなくなるからね」
「…私はそれでも構いません」
「ははっ、まいったなぁ」

ジャンさんが私を抱えたままソファーに腰を下ろすと、その膝に座る格好になる。目線が同じ高さになって、微笑まれた。
いつもなら恥ずかしくて逃げ出したくなるけれど、今はジャンさんがここに居てくれる(…と、信じている)嬉しさの方が勝った。

「もう少しだけ、一緒にいようか」

そう言って、今度は面白そうに笑うジャンさん。こめかみにキスをされてくすぐったさに身を捩ると、くすりと笑い声が聞こえた。
可愛い可愛いと頭を撫でられて、ぐしゃぐしゃと髪を掻き回される。子ども扱い…?
そう思ってしまった私の訝しげな視線に気づいたのか、ジャンさんが肩をすくめた。

「…こうでもしないと、本当に危ないから」

私が余程きょとんとしていたのだろう。分からないなら分からないままでいいと言われた。そして、私の肩に頭を乗せて、大げさなため息。

「明日の仕事も何もかも放り投げたくなる」
「そんな、お仕事放り投げたらジョシュア様がどうなるか…」
「はー…このまま魔法が解けなきゃいいのにね」
「魔法?」
「十二時で帰らなきゃいけないだなんて、シンデレラの魔法みたいだろ?」
「…さっき、私も同じ事を思いました」

同じ事を考えた。それが嬉しくて顔が緩んでいたのだろう。ジャンさんがまたくすっと笑った。

「×××」
「はい」
「明後日からジョシュア様の外遊で城を離れるけど、帰ってきたら…」



「続き、しようか」


――その時は、解けない魔法を掛けておくから。



耳元で意味深に囁くジャンさんに、私は真っ赤になって頷くのが精一杯だった。



End.

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「おいで」と「続きしようか」を言わせたかった←
ジャンさんはヒロインを一喜一憂させる魔法使いのイメージで。



title by:花涙


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