※GREE版王子様には「リュークは無類のチョコ好きで、チョコレートには目がない」設定があったので。




それはバレンタインの日。今思えば、朝からそわそわと落ち着きが無かった。

アイツは無類のチョコ好きで、チョコレートに目がないんだよ。

キース様からそう聞かされて納得した。お城の人達から渡される義理チョコと分かり切った義理チョコを満面の笑みで受け取っていたんだもん。
もちろん、私があげたチョコも満面の笑みで受け取った。メイドさんから貰った時よりも笑顔が輝いていたのは、きっと気のせいだ。

「…だからって、これはないでしょ」

私は思わずため息を吐いた。





ショコラアディクト







「メイド長、バレンタインのお返しです」
「あら、まぁ。リュークさんは義理堅いのねぇ」
「いえ、そんなことは…」

大量に義理チョコを貰ったリュークさんは、一日かけてお返しを配って回るらしい。何となく、それに付いて回っている私。
配って回るだけ、のはずだったんだけど、メイド長の所にお返しを渡しに行ったリュークさんは何故か包みを持って帰ってきた。

「…リュークさん、それは?」
「チョコパイだそうです」

チョコレートのお菓子を貰って嬉しそうなリュークさん。それが微笑ましいような、胸が騒つくような。
何とも言えないモヤモヤが胸中に燻る。しかし、当の本人は私のモヤモヤなんて露知らず。

「メイド長のチョコパイは絶品なんです。×××様もいかがですか?」

笑顔で今し方貰ったばかりのチョコパイを勧めてきた。お前とか女としか呼ばれなかったのに、それが今では×××様だ。
初対面は(キース様も含めて)最悪だったのに、いつしかこんなにも打ち解けていた。

「……貰います」
「では、少し早いですがお茶にしましょうか」
「え、もう配り終わったんですか?」
「メイド達の分はまとめてメイド長に預けたので」
「なるほど」

お返しを配り終えて空になった紙袋と、メイド長のお手製チョコパイを持ったリュークさんと二人並んで廊下を歩く。
迷わず客間に向かおうするリュークさんの腕を、ちょんちょんと突いた。

「リュークさん、厨房に行きませんか?」
「厨房ですか…?」
「キース様に見つかる前に、チョコパイの味見をしなきゃ」

私が冗談半分でそう言うと、リュークさんも苦笑い混じりに同意してくれた。



*****


悪いことをしているわけじゃないんだけど、何となく忍び足で厨房に入ってお皿とフォークを用意する。
スツールを出してきて、調理台を即席のテーブルに見立てると、何となくいい感じ。

「どうぞ」

チョコパイを一つお皿に乗せて差し出すと、リュークさんは紅茶の用意を始めた。
別に電気ポットのお湯でいいんだけどなー…と思いつつ、何となくその一挙一動を見てしまう。
コンロでお湯を沸かして、ティーカップはあらかじめ温めておく。棚からアッサムブレンドの茶葉が入った紅茶缶出てきた。


「…×××様はお返しって何がいいですか?」」

手を止めたリュークさんが、こちらを向いてふと聞いてきた。

「お返しって、バレンタインのお返しですか?」
「そうです」


×××様の分だけまだ用意出来ていないんです。

何が良いのか迷ってしまって。


「――っ!」

ちょっと困った様子で恥ずかしげに笑うその顔に、私は絶句してしまった。

「…×××様?」
「はっ、はい!」
「どうかされましたか?」

さっきの笑みは執事としてのリュークさんじゃなくて、同年代の男の子だった。あれが素のリュークさんなんだろうな。
…でも、すぐに執事のリュークさんに戻ってしまった。それが少し寂しい。

「……お返し、特別な物じゃなくて普通の物でいいです」
「普通…アクセサリーか、小物か、食べ物か……食べ物ですね」
「私、そんなにも食い意地張っているように見えますか…?」

私のボヤキには気づかず、リュークさんがポンと何か思い出したように手を打った。

「美味しいケーキの店を知ってるので、取り寄せてみましょうか。チョコレートケーキが絶品なんです」
「……またチョコレートだ」

思わずそう呟いてしまう。不思議そうに首を傾げたリュークさんに何でもないですと誤魔化して、早速チョコパイを頬張った。

「…美味しい」

ありきたりな感想だけど、これ以外の表現が思い浮かばなかった。まるで、メイド長の人柄がそのまま味になったような。
ふわふわのスポンジ生地に生クリームが挟んであって、チョコレートでコーティングされたチョコパイ。
ほっぺたが落ちそうになっている私を見て、リュークさんもほんの少しだけ食べたそうな表情を見せた――ような気がした。

「…リュークさんも食べて下さい」

フォークで一口分に切り分けると、リュークさんに向かって差し出してみた。こんなに美味しい物を独り占めするのも悪いし。

「元はリュークさんが貰った物なんですから、遠慮しないで下さい」
「その、遠慮とかそういう問題ではなくて…」

視線を泳がせながら、あれほど貰って嬉しそうにしていたチョコパイをいらないと言う。遠慮する必要なんてないのにな…。
それでもフォークを差し出して待っていると、一口だけと言いながら覚悟を決めたリュークさんが近づいて――…





―――ガチャ



「…お前ら、何やってんだ」



不審者を見る目つきでエメラルドグリーンの双眸を細めたキース様は、それだけ言うとパタンと厨房の扉を閉めた。
あまりにもお約束な展開に私はどうする事も出来ず、閉じた扉を見つめるだけだった。


「……怒鳴られた方がまだマシだ…」

床にしゃがみこみ、頭を抱えて本気で後悔している様子のリュークさん。キース様には白い目で見られたし、チョコパイは食べ損ねるしで、気分は最悪なんだろう。

「過ぎた事を悔やんでも仕方ないです。これでも食べて、元気出して下さい」

リュークさんに向けて、再度フォークを差し出した。

「はい、あー」
「しませんから!」

リュークさんが真っ赤な顔で言葉を被せ、私の手首を掴んだ。そしてそのまま――…

「…ん、うまい」

あーんはダメなのに、手を掴んでフォークから食べるのはありなのか。リュークさんの基準がいまいち分からない。
心臓が手首に移動したかの如く、ドクドクと脈打っている。


――泣きぼくろまではっきりと見える近さなんて、反則だ。




「……すっ、すみません!」

距離の近さに気づいたリュークさんが、ぱっと離れる。真っ赤になっているのが、ちょっと可愛いかもと思ったのは内緒だ。

「あ、あの!紅茶のおかわりでも淹れて――」
「リュークさん」

慌てて立ち上がったリュークさんを呼び止めた。


「チョコレートケーキ、お取り寄せじゃなくて食べに行きませんか?」
「え……」
「キース様に見つからないように内緒で」


人差し指を立てて口に当てると、それを見たリュークさんの表情がふっと崩れた。


「……喜んで」


そう言って、嬉しそうに照れ笑いを浮かべる姿は、チョコレートよりもずっとずっと甘かった。



End.

−−−−−−−−−−
照れるリュークと、キース様に見られて本気で後悔するリュークと、
チョコレート大好きなリュークが書きたくなって突発的に。
最近、リュークが可愛くて仕方ないです←


title by:Peridot


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