ここ最近ウィル王子の公務に付きっきりで、彼女を蔑ろにしていたという自覚がクロードにあった。
しかしそれが自分の仕事。執事である以上避けては通れぬ道である。彼女もそれは分かっているはず。

だが、現実はそう簡単にいくものでは無い。理性と感情のギャップと言うべきか。

――拗ねた彼女のご機嫌とりが次の仕事になってしまった。





花の香りの響く頃







その日もクロードは忙しかった。公務や雑務に追われて、ここ三日満足な睡眠を取っていない。
元々眠りの浅いクロードだが、さすがに連日連夜午前様が続くと体が怠くて仕方なかった。頭がぼんやりしている。
それでも生真面目な彼は、ウィルの半歩後ろを歩きながら、頭の中で次のスケジュールを確認する。

(あとは明日行われる昼食会の準備をすれば終わりだな…)

今日は早めに終われそうだ。――今思えば、そう考えた事が気の緩みに繋がったかもしれない。
廊下で不意に足を止めたウィルが彼女―×××に声を掛けたのに気づくのが一瞬遅かった。

そして――…


「…来ていたのですか?」

思わず口から漏れたことにはっと気づくが、時既に遅し。来ていたも何も、彼女がフィリップ城に滞在して三日目だ。
確かに忙しくて何も構えないと言ったのはクロード自身だが、いくら何でもこの言い草は無いだろう。
何とかポーカーフェイスを保つクロード、固まったように動かない×××、それを見て思わず天を仰ぐウィル。

「……今日はもう下がれ」

異様な三竦みの沈黙を破ったのはウィルだった。

「しかし…」
「今日の公務は終わったはずだ。今から出掛ける予定も無い」
「ウィル様…」

確かにウィルの今日の予定は全て終わっている。これから出掛けるという話も聞いていない。
クロードが下がっても何ら問題は無いのだが、下がれと言われて下がる彼では無かった。

「クロード、お前という奴は…」

主を一番に考える奉仕精神には感服する。しかし今はそれよりも優先すべき事があるだろう。
ウィルはどうやってそれをクロードに伝えるべきか考えあぐねていた。ウィルも口の上手い方ではない。

「……ウィル様もクロードさんもお忙しいみたいですし、私はこれで」

男二人が身動き取れずにいる中、×××がぺこりと頭を下げた。

「…×××様!」

踵を返して歩いて行く×××に向かって、思わず声を上げてしまったクロード。しかし声を掛けたのはいいが、続く言葉が思い浮かばない。
彼女の機嫌が宜しくない事は分かっていても、この状況を打破出来る程、クロードは女性に慣れてはいなかった。
そんな彼の姿を見て×××が、後ろを向いたままくすっと小さく気づかれないように笑った。

「…お花」
「花?」

ここで振り向かないのが×××なりの駆け引き。クロードに面と向かってしまえば、言いくるめられるのがオチだから。


「クロードさんが一人でお花を買ってきてくれたら許します」

「お城の人に何がいいか聞かず、クロードさんが選んだのを下さい」


これがウィルだったら、喜んでと言ってその足で花屋に向かうだろう。しかし相手はクロードだ。
このまま素直に花を買ってくるとも思えない。ウィルはそっと助け船を出した。

「…クロード、今から暇を与える。城下で花を買ってこい」

ウィルに命令されては行かざるをえない。クロードはフィリップ城から半ば追い出される形で街に向かった。



*****



「花と言われても……」

恥を忍んで花屋の前に来たものの、女性に花を贈ったことなど生まれてこの方一度もない。
何か適当に見繕って帰るか。クロードはため息混じりに花屋に足を踏み入れた。

まず目に飛び込んだのは、真っ赤な薔薇の花。想いを寄せる女性に薔薇の花を十二本贈るという風習を思い出した。

「…それは無い」

それを臆面もなくやってのける程若くないからと、クロードは選択肢から除外した。

「無難なところで手を打つか…」

某国の王子のように花一輪一輪に名前つけてを愛でる趣味はないが、城の庭にある草花の名前を言えるぐらいの知識ならある。
だてに十数年も王室の使用人を勤めてきたわけではない。クロードは己の知識を総動員した。
×××に似合いそうな、質素で可憐な花。真っ赤な薔薇の花よりも、桃色のチューリップの方が似合う彼女だから。

「…………」

思い浮かばない。知識を総動員しても、これという花が思い浮かばなかった。
さてどうしたものかと店内を見回すと、棚に並ぶ鉢植えに目がいった。クロッカスに似て異なる、小さな黄色い花が印象的だ。

「あぁ、その花は――…」

人の好さそうな店員が、にこにこと笑いながらクロードに話し掛けてきた。



*****



――その頃、フィリップ城では。

「…自分で言いだしたくせに何ですけど、クロードさんと花屋さんが結び付きません」
「そうだね。オレもクロードが花屋にいるところなんて見たことがない」

×××とウィルが時間潰しのティータイムをしていた。クロード不在の為、今日は代わりにメイドが紅茶を用意した。
同じ茶葉で同じように淹れたとしても、クロードさんが淹れる紅茶が一番美味しい。×××はそう思った。

「クロードさん、どんなお花を買ってくるんだろう?」
「そうだな……ダーズンローズが贈られたりして」
「十二本の薔薇を贈るやつですか?」
「そう。真っ赤な薔薇を買ってくるかもしれない」

×××はクロードが真っ赤な薔薇の花束を抱える図を想像してみようとするが――

「…エドワード様しか思い浮かびません」
「彼なら似合いそうだ」

これが二人の想像力の限界だった。

「……そろそろ帰ってくる頃だ。俺は行く」
「え?一緒にクロードさんが買ってきたお花を見ないんですか?」
「どんな顔して渡すのか気になるけど、やめておく」

それじゃあ、と言うとウィルは×××の部屋から出ていった。人の恋路を邪魔する奴は何とやら。
何が楽しくて専属執事の恋路を見守らなくちゃいけないんだ。ウィルの率直な意見である。




――それからきっちり三分後、×××の部屋の扉がノックされた。

「遅くなりました」

クロードを出迎える×××。顔が緩みそうになるのを必死に抑え、怒っていますの表情を作り上げる。

「…どうぞこちらを」

彼女の前にすっと差し出されたのは、小さな鉢植え。

「ステルンベルギアというそうです」

怒っていますの表情を維持することも忘れ、×××は差し出された鉢植えを受け取った。小さな黄色い花が愛らしい。
真っ赤な薔薇ではないと思っていたが、何を買ってくるか見当がつかなかった。まさかこんなにも可愛らしい花を買ってくるとは…。

「…一体どんなお花なんですか?」
「キク科の花です」
「あの、そうじゃなくて意味とか、どうしてこれを選んだとか…」
「………………」
「クロードさん?」

何も言わないクロードに、×××はきょとんと首を傾げた。何か不都合でもあるのだろうか?

「……後ほどご自分でお調べ下さい」

仕事があるので失礼しますと言って一礼すると、クロードは立ち去った。


*****


その日の夜。×××はノートパソコンを開いてインターネットに接続した。
カタカタとキーボードを叩いて、教えてもらった花の名前を早速検索する。

「…あった」


ステルンベルギア

――あなたを愛してる


「クロードさん…」

×××は慈しむように、そっと鉢植えをベッドサイドのテーブルに移動させた。

後回しにされたり、蔑ろにされる時もあるけれど。それでも嫌いになれないのは惚れた弱み。
こうやって不意に見せる優しさと愛情に、拗ねていた事なんかどうでもよくなってしまうのだ。

「…いつか、二人きりで過ごしたいですね」

彼の惜しみない愛情に包まれながら一日を過ごせたら、それはどれだけ幸せな事だろう。
そんな日が訪れるのを夢見ながら、×××はステルンベルギアの花を飽きることなく見つめていた。


End.

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クロードさんは女性慣れしていないと言うよりも、好意を外に出すのが苦手そう。
これでもかと言うぐらいにヒロインを甘やかすクロードさんが書きたいです。



title by:悪魔とワルツを


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