そんな、雲一つない新月の夜。
●●●ミルキーウェイの辿り着く場所●●●
偶然重なった短い休暇を利用して、私とジョシュア様は夏に滞在した王家の別荘に来ていた。
山に囲まれた静かな高原。冬の空気が上気した頬を冷やしていく。体温が高いのは興奮しているから。
――頭上できらきらと輝く、宝石箱を引っ繰り返した如き無数の星。
「すごい…」
ふと、夏の夜空を思い出す。あの時も満天の星空が輝いていたが、冬の夜空はそれ以上だ。
プラネタリウムとしか思えない星空。私は食い入るように魅入っていた。
「冬の別荘も良いものだろ?」
「はい!私、こんなにもたくさんの星を見たのは初めてです」
「そうか。ならば心ゆくまで堪能するがいい。ここには俺とお前しかいないのだから」
ジョシュア様は私の方を抱き寄せると、目を細めてそう言った。暗に二人きりだと強調され、思わず顔が赤くなる。
執事のジャンさんは、「少し離れますので、何かありましたら呼び出して下さい」と言っていなくなった。
意味深な笑みを浮かべていたジャンさん。優秀な執事と言うべきなのか、何なのか…。
そんな事を気にしても仕方ないので、再び頭上を見上げて星空に魅入る。
「あれって天の川…?」
「アマノガワ?…ミルキーウェイのことか」
「でも、天の川が見えるのは夏だから違うのかな」
「ミルキーウェイは冬でも見えるぞ。ただ、夏とは違い淡くて確認し辛いが」
…さすがジョシュア様。物知りだ。
「天の川といえば、ジョシュア様は七夕の話って知ってますか?」
「タナバタ?いや、知らない」
何かイントネーションが違うのは、言葉が違う国の人だから仕方ない。ジョシュア様にも知らない事があるんだ。
ちょっと得意げになった私は、彼に七夕伝説の話をした。織姫と彦星の、一年に一度しか会えない恋人達の物語。
「――つまり、二人は仕事を疎かにした罰として神に引き離され、恩情で一年に一度だけ会うことを許されたというわけか」
「まぁ、端的に言えば…」
それで間違っていないんだけど、ジョシュア様が言うと、物語性も情緒もなく聞こえるのは何故だろう…。
でも、七夕って元々は女の人が針仕事の上達を願う行事だったんだよね。そう習った覚えがある。
「…もし、私とジョシュア様がそうなったらどうしますか?」
もしも私が遠く離れた海の向こうの国に帰ってしまえば、私達二人は離れ離れになってしまう。
一年に一度しか会えないってことはないだろうけど、離れ離れであることには変わりない。
「愚問だな」
あっさりとジョシュア様は言い切った。
「俺は仕事を疎かにはしない。両立させて当然だ」
どうやら彼の中では、織姫と彦星に置き換えられたようである。
「そういうのを無しにして、離れ離れになったらっていう喩えです」
私が国に帰ることになって、ドレスヴァンを離れないといけなくなってしまったら。
少し言葉が足りなかったかなと反省して、もう少し詳しくジョシュア様に聞いてみた。
「そうだな…」
少し考え込むような素振りを見せたジョシュア様。ふ、と笑うと力強い眼差しで私を見つめて答えを教えてくれた。
「堪え忍ぶことはしない」
「飛行機でも船でも出して逢いに行く。それでも駄目なら自力で泳ぐまでだ」
さも当然と言わんばかりのジョシュア様。その力強い眼差しの横顔に魅入ってしまう。
たとえ織姫と彦星だったとしても、ジョシュア様なら天の川を泳いで逢いに来てくれるに違いない。
「…よかった」
「×××?」
鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。涙が出そうになるのを誤魔化しながら、彼に感謝の意を伝える。
「それが規律なら会える日まで待つって言うと思ってたから」
何よりも規律を重んじる、ドレスヴァン。ジョシュア様も規律に雁字搦めの毎日を送ってきた。
最近少し変わってきたらしいけど、それでも規律を重んじる姿勢に変わりはない。
「規律か…」
そう呟いて、星空を見上げるジョシュア様。ふうと一つ息を吐くと、何か思い詰めたように視線を寄越した。
「…×××」
ジョシュア様の少し冷えた手が、私の頬にそっと触れる。彼の深い紫色の瞳が近づいてきた。
「お前と会えなくなるなんて事は考えたくない」
「はい…」
低い声が耳元で囁くように、だからお前も考えるなと告げ、さらに体温が上がる。
私の口元までしっかりと巻いたマフラーをずらすと、ジョシュア様がさらに顔を近づけて。
「…愛してる」
一度目のキスは優しく掠めるように。二度目のキスは体温確かめるように。三度目からは分からなくなった。
何度も何度も重なる唇に酔い痴れて、いつしか私はジョシュア様の背中に腕を回していた。
満天の星が輝く冬空の下。
私達はいつまでも互いを求め続けていた。
End.
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ジョシュア様はヒーローなので、気合いで海を泳げると思います。
ドーバー海峡横断ぐらい、きっとやってくれるはず...
title by:26度の体温