それはハロウィンの日の夜のこと。

「折角なんだからこれぐらいしなきゃ!」
「えぇー…」

リバティ城の一室に楽しげな様子の少女と、少し困り顔の女性。

――それと、ドアの前で見張り番を頼まれた執事見習いが一人。




唇からいただきます







魔法使いを模した黒い衣装に、少女の金髪はよく映える。リバティ王国のお姫様―キャサリンだ。
サテンとベルベットの生地で作られた、リボンのアクセントが可愛らしいワンピース。それを身に纏いながら、彼女は何かを手にして勧めていた。

「×××、早く着替えないとお兄様が部屋に来てしまうわ」
「でも…」

キャサリンが先程から×××に勧めているモノ。それは自分が着ているのによく似た魔女の衣装である。
柔らかなシルクに似た生地で作られたロング丈のワンピースは、まさに物語に出てくる魔女の衣装そのものだ。
秘密のハロウィンパーティーを計画した彼女は、折角だから仮装もするべきだと×××に訴えていた。
もちろん、見張り番の彼―リュークも包帯を巻かれて即席ミイラ男の格好をしている。
もうすぐキャサリンの兄―キースもやって来る。どうせなら面白おかしく楽しいパーティにしたい。
その為に厨房のコックに無理を言って特製のお菓子を作ってもらい、メイドに頼んで衣装まで用意してもらったのだから。
兄のキースと比べて何かと制約の多いキャサリンにとって、このパーティーは一大イベントなのだ。

「……×××、着てくれないの?折角用意したのに…」
「キャシー…」
「着たくないなら無理に着ろなんて言わないわ。ただ、楽しいパーティーにしたかっただけなの」

しゅんと肩を落として顔を伏せるキャサリン。そのあまりに寂しげな姿に×××は言葉を失った。
仮装をするなんて恥ずかしいけれど、彼女を楽しませることが出来るのなら己の恥など取るに足らない問題だ。
×××の美点は度胸の良さ。×××の欠点はややお人好しな所。要するに乗せられやすいのである。

「…ごめんね、キャシー。そこまで考えていただなんて気づかなかったわ」
「×××…?」
「キース様が来る前に急いで着替えるから。リュークさん、少し出てもらっていいですか?」

キャサリンの手から衣装を受け取ると、×××はドアの前に立っているリュークに向かってそう言った。
何か言いたげなリュークであったが、結局何も言わずに「着替えたら声を掛けて下さい」と言って部屋を出ていった。

――あれ、演技だよな。

×××に見えないようガッツポーズをしたキャサリンを、リュークは見なかったことにした。


*****


「…リューク」
「ハロウィンパーティーです」

それから数分後。キャサリンの部屋を訪れたキースに状況説明を求められ、リュークは端的に状況説明をした。
あまりに端的過ぎて、キースの眉間に深い皺が刻まれたことは言うまでもない。

「お兄様!」

来客に気づいたキャサリンが顔を綻ばせて彼を呼ぶと、キースもようやく表情を和らげた。

「その格好、魔法使いか?」
「えぇ。可愛いでしょ?×××も見てあげて」

キャサリンにそう言われ、キースは×××の格好をちらりと見やった。そんなキースの視線に×××はたじろいだ。

黒いロングスカートのワンピースに、とんがり帽子の×××。王道のど真ん中を行く魔女の衣裳なのだが、何と言うか…


「地味だな」


キースは素直に思ったままを述べた。そして当然の如くキャサリンから非難を受けた。この兄は恋人に対して可愛いや綺麗の一言も言えないのか!
何で俺が文句を言われなきゃいけないんだ…とぶつくさ文句を垂れるキースに、リュークは掛ける言葉が見つからなかった。


*****


そんなこんなで夜が更けてハロウィンパーティーもお開きとなり、×××はキースと無人の廊下を歩いていた。
魔女の衣装を着替えてから自室に戻ろうとした×××だったが、何故かキースが反対したのでそのままの格好である。
廊下に響く、二人分の足音。分厚い緋色の絨毯が敷かれていても、夜更けに響く足音を完全に消すことは出来なかった。


カツン、カツン――…


ふと、キースがぴたりと歩みを止めた。

「キース様?」


――次の瞬間。


ふわりと×××の体が浮いた。


「キ、キース様!?」

荷物よろしく肩に担がれる×××。降ろして下さい!と言って慌てて降りようとしたが、びくともしない。
赤くなったり青くなったりと忙しい×××に気づいているのか、いないのか。キースは相変わらず唯我独尊を貫いた。

「トリックオアトリート。菓子はいらねぇ、悪戯させろ」
「何ですかそれ!」
「そのままだ。菓子は食ったからもういらねぇよ」
「そんなの知りません!」

どうやらキース、パーティーの最中にキャサリンが言っていたハロウィンの風習を実行したようである。
まだ少女のキャサリンが言うと可愛らしく聞こえるが、いい歳したキースが言うと何だか怪しく聞こえるから不思議である。

「…それよりもですね!」
「何だよ」
「わ、私だって一応女の子なんです!」
「それがどうした」
「荷物みたいに担がないで下さい!」
「うるせーな。どう扱おうと、オレの勝手だろ」
「勝手じゃないです!」

キース一人分の足音と×××の抗議する声。いくら小声とはいえ、夜中の廊下は声がよく通る。
キースは一言「黙れ」と言って、力づくで×××の抗議を封じ込めた。





――そうして辿り着いたのは、キースの部屋の前だった。



器用に片手で×××の体を支えたまま、もう一方の空いている手でドアを開けると、真っ直ぐにベッドの方へ歩いていく。

「…望み通り降ろしてやるよ」

そう言うと、キースは×××をベッドの柔らかなシーツの上に落とした。何かを察した彼女が逃げる間もなく、キースはその腕を押さえ付けた。
エメラルドグリーンの力強い瞳がじっと×××を見つめ、それに比例して×××の頬に赤みが差していく。

「キー…」
「×××」

「…女らしく扱ってもらいたいんだろ?」

キースは×××の髪を一房手にして口づけすると、彼女の耳元で囁くように一言――…

「Trick or Treat?」

…お菓子なんかいらないくせに。×××は内心そう呟くと、抵抗することを諦めて彼の首に腕を回した。

シェフの特製スイーツも目じゃないぐらいに甘いモノが食べたいわ。

そんな心の声が聞こえたのか、キースから甘くて強引なキスが贈られた。



End.

−−−−−−−−−−
二人のじゃれ合い(?)を書いていると終わらないのでぶった切り。
…不完全燃焼が否めません。



title by:Air Kiss


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