※ノーマルエンド後



――いつか必ず迎えに行く。

そう約束して別れた日から、四年の月日が経ちました。


今、貴方は何を思っていますか?





揺れる想いの終着点







シャルルの大学院に進学した私。両親からは卒業したら今度こそ帰ってこい、こっちで就職しろと催促されている。
元々大学四年間だけの留学だったのを、散々わがまま言って大学院まで行かせてもらったのだ。両親には頭が上がらない。

――どうしても国に帰りたくなかった。


しかし、大学院修了の時は確実に近づいている。悶々とした気持ちを持て余している最中に、ノンちゃんに誘われたパーティー。
そこで私は、ネルヴァン王国のレオナルド様に再会した。

「…君がここにいるとは驚きだ」
「お久しぶりです…」
「丁度いい。少し付き合え」

酔い醒ましがてら、二人バルコニーで夜風に当たる。手すりに凭れてパタパタと手で顔を扇ぐレオナルド様は自然体だ。
初めて会った頃の裏表も何も感じられない。ここにいるのは何処にでも居そうな普通の男性だ。

「…レオナルド様は、変わられましたね」
「そうかな?」

風で煽られる髪を押さえながら、レオナルド様が気持ちゆっくりと言葉を発する。

「ドレスヴァンに対する思いは今も変わらない。だけど、それだけじゃ何も出来ないだろ?」
「…………」
「明日から隣国と仲良くしろって言っても、簡単に出来るものじゃない。だからこそ、俺とアイツで手本になろうかと思ってね」

どうやら、ドレスヴァンとネルヴァンはそれなりに仲良くやっているようだ。二つの国の確執に僅かなりとも触れた身としては、それが何だか嬉しかった。
そんな私の心境を知ってか知らずか、レオナルド様が意味ありげな微笑を浮かべた。

「…ま、綺麗事も時には必要ってことだよ」


――それが、一年ちょっと前の事だった。



「あれから会うことも無いけど、どうされてるんだろうな…」

物思いに沈んでいると、玄関のチャイムが鳴った。一体誰だろう?夕方のこんな時間に友人が訪ねてくるとは思えない。
玄関のドアを少し開けて相手を確認すると、そこに立っていたのは懐かしい顔だった。

「ジャンさん…!」
「ご無沙汰しております。お変わりなくお過ごしでしょうか?」

手紙やメールで連絡を取ることはあったけれど、こうして直接会うのは私が城を出た日以来だ。
あの頃と何一つ変わないジャンさんに、ドレスヴァンで過ごした短くも濃い日々を思い出す。

「今日はドレスヴァン王国、リーベン家からの使いとして参りました」
「リーベン家っていうことは、まだドレスヴァンにいるんですね。…良かった」

ネルヴァン王国のスパイとして、小さい頃にドレスヴァン王国に派遣されたジャンさん。
全ての目論みが顕わになった時、ジョシュア様を裏切ってしまったという気持ちから、一度は死を選んだ。
しかしジョシュア様はジャンさんに、死ではなく今まで通り自分に仕えるよう求めた。それが何よりの罪滅ぼしだと言って。

「まだ罪滅ぼしは終わっていません。私の過ちが二ヶ国の未来に繋がれば良いと思ってるんです。それに…」

ふっと表情を緩めるジャンさん。

「ドレスヴァンとネルヴァン、二つの国の心理が分かるだなんて、かなり貴重な人材ですからね」
「…ジャンさんらしいです」
「それはそれは、大変光栄に存じます」

それだけ言うと、飄々としていたジャンさんが一転して引き締まった真剣な表情を向けた。

「…×××様」

すっと優雅に一礼すると、アパート階段の下に指し示した。



「ジョシュア様がお待ちです」




階段の下には、相変わらず眉間に皺を寄せて姿勢良く立っている人影。こちらに気づくと、その表情を緩ませた。


忘れもしない、愛しい人――


アパートの階段を降りる時間も惜しかった。一気に駆け降りると、何も考えずにずっと待ち焦がれていた人の胸に飛び込んだ。
この腕も、温もりも、鼓動の音も、全部全部覚えている。忘れることなんて出来なかった。

「約束通り、迎えに来た」

泣きじゃくる私をあやすように、ぽんぽんと軽く背中を叩かれる。

「いい加減、泣き止め」
「っ…そんなの、無理です…!」

ぐい、と無理矢理上を向かせられた。酷い顔をしてるから見ないで下さいと言っても、そんな事を聞く人なんかじゃない。

「いつまでも泣いていると、キスがしにくい」

乱暴だけれども優しい手つきで私の頬を伝う涙を拭うと、ジョシュア様の唇がちょんと目尻に押し当てられた。
そっと背中に腕を回して胸に顔を埋めると、頭上からジョシュア様の声が聞こえてくる。

「ネルヴァンと友好条約を結んだ。民間レベルでの交流も進みつつある。一朝一夕とはいかないが、それ相応の成果は残している。文句を言われる筋合いはない」

何だか誇らしげなジョシュア様。二つの国に横たわる長くて深い溝を埋めるという、今まで誰も成し遂げられなかった事を達成しようとしているのだから。

「レオナルド様とも仲良くなったんですね」
「仲良くというか、男は拳で語り合わねば本音を語り合える仲にはなれないとエドワード王子に教えられた」
「え…」
「そのおかげか、国の事もそれ以外の事も、奴とは腹を割って話せるようになった」

どうやらジョシュア様は、レオナルド様とエドワード様仕込みの“男の友情”を結んだらしい。
敵と書いて“とも”と読む、そんな感じの友情なのだろうか…。


「……×××」

低い声で名前を呼ばれて反射的に顔を上げると、ジョシュア様が真剣な眼差しで私を見ていた。
その視線に何も言えなくなり、私もじっと見つめ返す。全身が心臓になったかの如く、体が脈打っている。

「俺はお前を迎えに来た。あの時の約束を果たす為に」
「はい…」

あの時、二人の心は繋がっていた。ただ、それを互いに伝えることなく別れを選んだ。――いつか必ず迎えに行くという約束を残して。


「返事は“はい”か“Yes”だ。沈黙は肯定とみなす」

頬にジョシュア様の手が添えられ、視界が彼で埋め尽くされる。二人だけが世界から切り離されたみたいに、何も聞こえなくなった。
ジョシュア様の眼差しがほんの少し緩められ、あの自信に満ち溢れた表情で一言。


「ドレスヴァンに来い。そして生涯、俺の隣にいろ」



End.

−−−−−−−−−−
ジョシュア様本編、ノーマルエンドからのハッピーエンド妄想。
ヒロインの返事はご想像にお任せします。



title by:Discolo


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