本当は
実は少し前から秋田と付き合っている。
別段隠しているつもりは無いが、誰かに打ち明けた事も無い。そもそも打ち明ける必要性を感じない。…栃木や千葉あたりは感づいているかもしれないが。
付き合っていると言っても、秋田の関東出張の帰りに落ち合って食事に行ったり、こちらが東北に行った際に立ち寄ったりする程度の仲だ。
今日は珍しく自宅に招き、手料理の夕飯を振る舞った。久々に料理をする気になったのと、彼女好みの地酒が手に入ったからだ。
地元の食材や地酒を褒められれば悪い気はしない。それに加え、自分自身も酒が回っていたのかもしれない。
――何故あんな事を言ってしまったのか、今でも分からない。
「…帰したくねぇな」
気づいた時は既に遅く、茨城の零すような呟きは秋田の耳にまで届いてしまった後だった。
慌てて否定しようとしたが、否定の言葉が何一つ出てこなかった。秋田がこちらを見ている。
「…酔ってんのかもしれねぇ。今日は早めに帰れ」
「………嫌、です」
秋田が小さな声できっぱりとそう言った。茨城はそれを聞き逃さず、思い切り顔を顰めた。
「秋田、何言ってんのか分かってんべか…!」
「子どもと違ぇから、おらだってそれぐらい分かります。それに、茨城さん、おらと一緒にいるの、実は嫌じゃねぇかって、ずっと思ってたから…!」
「違ぇ!」
声を荒げてしまい、後悔する。違う。こんな風に言いたいんじゃない。くしゃりと髪の毛を掻き上げると、茨城は嘆息した。
「…そんな事、ねぇから」
秋田は何も言わなかった。わたわたと鞄から携帯電話を取り出すと、一つ二つボタンを押して耳に当てた。
「山形?…おら、秋田。…今日帰らねぇから。…うん、さすけね。…ンなこと言えね!……ありがとな」
ピ、と終話ボタンを押して山形との通話を終えた秋田が、鞄の中に携帯電話を仕舞う。
茨城は彼女の一連の動きをぽかんと彼女を見ていることしか出来なかった。…遅れて脳に情報が入ってくる。
思わず秋田を叱り飛ばしそうになった茨城だが、彼女の肩が僅かに震えていることに気がついた。
秋田にここまでさせてしまった事が、恥ずかしいやら、情けないやら。茨城は自嘲するしかなかった。
――もう、どうにでもなれ。
「…明日の朝、駅まで送る」
茨城は秋田の肩を押し、ゆっくりと覆い被さった――…
End.
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