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近づきたい話


茨城さんに「少し話がしたい」と言われ、自販機コーナーにやって来た。座って下さいと促されたので、備え付けの椅子に腰を掛ける。

「連れ出した詫びです。ココアでいいですか?」

ポケットから小銭を出すと、茨城さんは何のためらいもなく自販機の中に入れていく。
ココアの甘い香りが鼻孔を擽ったので顔を上げると、横から紙コップを差し出された。

「どうぞ」
「…ありがとうごぜぇます」

ちら、と隣に腰掛けた茨城さんを見やる。茨城さんは壁を見ながらコーヒーを飲んでいた。
さっきピピピピと何度も自販機のミルクと砂糖のボタンを押していたから、きっと中身は甘いコーヒーだろう。


「最近、福島や千葉に俺の事を聞いてるみたいですね」
「!」

咎めているよう口振りに、身が竦んだ。――彼の言葉が否定できないからだ。

ここ最近、よく話をしている福島や、古くから付き合いある千葉さんに、茨城さんの事を聞いていた。
食べ物は何が好きだとか、趣味は何だとか、休みの日は何をしているとか、昔の話とか。
一つずつ茨城さんの事を知るたびに嬉しくなって、もっと教えてと頼み込んでいた。

「か、勝手に自分の事聞かれてたら、その、誰だって嫌ですよね。…ごめんなさい」
「……っ、そうじゃなくて…」

髪をくしゃりと掻き上げる茨城さん。その苛立たげな様子に、身が固くなった。
そうじゃないなら何を言われるんだろうか。今にも涙が零れそうになるのをぎゅっと耐え、手の中の紙コップを握る。

「俺の事なら、俺に聞いて下さい。そうすれば――」

一旦そこで言葉を切ってから、茨城さんは小声で続けた。


「俺もあなたの事を聞けるから」


コト、と脇の小さなテーブルに紙コップを置いた茨城さんが、こちらを向いた。
レンズの向こう側から、真剣な瞳でじっと見つめてくる。

「中途半端は嫌いなんです。――だから、あなたの事もきちんと知りたい」

ほんの一瞬。ほんの一瞬だけ彼の手が頬に触れた。掠めただけなのに、ずっと触れられていたかの如く頬に熱が集まっていく。


「……おらも、」

「おらも、茨城さんの事が知りたいです。……もっと」


かつて佐竹の殿様に常陸の話を聞かせてもらったように、茨城さんの話が聞きたかった。
分からないような難しい話でもいい。これから一生懸命勉強するから。

もう、昔話やおとぎ話で終わらせたくない。


「……良がった」

目尻に浮かんでいた涙を、茨城さんが拭ってくれた。

「嫌われてねぇとは思ってたけど、もしかしてってこともあっからな」
「き、嫌うだなんてそんなことねぇ!だって、おらはずっと…」
「――それ以上は言うな」

「ずっと憧れで好きだった」と口走りそうになったのを遮ると、茨城さんは立ち上がって空になった紙コップをくず入れに放り込んだ。
慌てて自分も残っていたココアを飲み干すと、空になった紙コップをくず入れに入れる。

「これから色々と話せばいい。時間はたっぷりある」

そう言って手を差し伸べた茨城さんの表情は、とても穏やかだった。


End.

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