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関係性の話


「…茨城さん、茨城さん」

都道府県会議の後に開かれた立食パーティーの席で、秋田が声をかけてきた。
周りには誰もおらず、一人とは珍しい。いつもは東北勢の誰かと一緒にいることが多いのに。

「秋田さん」

どうも、と挨拶をすれば、彼女も律儀に頭を下げる。その動きに合わせて、彼女の黒い髪がはらりと揺れた。

「このお酒、飲まれましたか?」
「いえ、まだ」

彼女が指し示したテーブルの上には、清酒の瓶。ラベルを見る限りでは、秋田の地酒だ。
地元の酒が出ていたので、感想を聞きたいのだろうか。

「おらのお勧めで東京さんに言って並べてもらったんです。あまりお酒飲まれない方でも、飲めると思います」

人は見かけによらずと言うが、秋田も見かけからは想像出来ないぐらいに酒を飲む。酒豪というか、もはやうわばみだ。
調査結果でも秋田県は酒に強いという結果が出たぐらいだし、そういうお国柄なのだろう。秋田に限らず、東北勢は酒に強い。
そんな彼女が人に勧めたくなる酒ならば、飲んでみる価値はありそうだ。俺はそう判断した。

「では、少し貰います」

瓶を手にして酌をしようとする秋田を制し、手酌でグラスに注ぐ。グラスから酵母と杉材の木香が広がる。
勢いよく注いでしまい、グラスから少し溢れてしまったが、まぁいい。後で拭けばいいだけだ。
そっと口をつけてみれば、酒を飲まない人でも飲めると言っていただけあり、思いのほか飲みやすかった。

「…いけますね、これ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」

はにかんだ笑みを見せた秋田だったが、何かに気づいた様子で顔色が変わった。
わたわたと着物の袂を探り、取り出したものは綺麗なハンカチ。

「染みになると困る」

さっきグラスから溢れさせてしまった清酒がジャケットに零れていたようだ。困る困ると言いながら、彼女がやや乱暴にジャケットを拭く。
近づいた彼女の体から、お白粉の匂いが鼻孔を擽った。

(…………)

彼女に好意を寄せられているのは間違いないと思う。しかし、その好意の中身が分からない。
昔の殿様だった佐竹氏から常陸国の話を聞き、彼女が常陸に憧れを抱いているという事は知っている。
だが、あくまで彼女が――秋田が憧れているのは常陸なのだ。

「秋田ぁ?」

向こうで山形が秋田の名前を呼んだ。その声に気づくと、秋田は手を止めて少し困った顔を見せた。
もう大丈夫ですからと言うと、彼女は悩んだ素振りを見せた後に小さく頭を下げ、小走りで去っていった。
何となく手持ち無沙汰になったので、とりあえずグラスに残っていた清酒を飲み干す。味が違って感じられたのは気のせいだろう。


「いばらきー、秋田と何を話してたんべー?」

千葉がやって来た。見なくてもわかる。こういう声色の千葉に関わると面倒だ。

「…別に何も話してねぇ」
「怪しいべー。あんなに近づいて、一体どんな関係なんだよー」
「……黙れ」

千葉が馴れ馴れしく肩に腕を回してくるので、思いっきり手の甲をつねってやった。
痛ぇ!爪立てんな!と喚いているが、自業自得。無視して二杯目をグラスに注ぐ。

馬鹿馬鹿しい。どんな関係と言われても、茨城と秋田、ただそれだけ。


――それだけなんだ。

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