白黒鍵盤でステップを


無事に課題のレポートも完成し、借りた文献類を返そうとジャンさんと二人連れ立って図書室に続く廊下を歩く。
自分で持つと言ったけれど、文献のほとんどをジャンさんが持ってくれていた。私は申し訳程度に持つ程度。
ジャンさんの片手で小脇に本を抱える姿。そういう所が逞しいな、と思う。

「そう言えばさっき、古い楽曲について書かれているって言ってたじゃないですか。どんな曲なんですか?」
「先程のですか?有名な曲ですよ」

そう言ってジャンさんが教えてくれた曲名は、私もよく知る曲だった。空中でピアノの鍵盤を叩くように、思わず指が動く。

「……残念。ちょっと違ってた」

その動きを見て、小さくジャンさんが笑った。無意識に近かったから、見られていただなんて予想外だ。
私が口を尖らせたのに気がついたのか、ごめんと謝って「もう一度やってごらん」と促した。

「えっと……」

言われるがまま、再度指を動かす。――不意に、ジャンさんの手が私の手を掴んだ。

「あ……」

重なった手。ジャンさんが私の手を掴んで上から重ねて動かした指の動きは、私のうろ覚えの運指と違っていた。

「……ジャンさん、ピアノ弾けるんですか?」
「少しだけ。ジョシュア様が小さい頃にピアノのレッスンを受けていて、隣で散々聞かされたからね」

ジョシュア様とピアノが結びつかないが、帝王学の一環として習っていたのだろう。

「機会があれば、×××様にもお聴かせしましょうか?」

その一瞬に、空気が切り替わってジャンさんが執事に戻った。

「ただし、私はチェロの方が得意ですが」
「……どっちも聴いてみたいです」
「欲張りだなぁ」

すぐにまた、執事のジャンさんから二人きりのジャンさんになる。彼がこうやってくだけるのは、二人きりの時だけだから。
そして私は、その切り替えに翻弄されている。…本人には絶対に言わないけど。

「×××がピアノを弾けるなら、今度聴いてみたいな」
「小学校の時に習っていただけだから、今はバイエルぐらいしかまともに弾けませんよ」
「それでいいよ。俺のため弾いてくれるなら」
「……ジャンさんのそういう所、ずるいと思います」

掴んだまま、掴まれたままの手。ジャンさんの大きな手が、一回り小さな私の手を優しく包む。
私より少し高い体温が、繋がれた手を通して流れ込んできた。

――ジャンさんが、わざと遠回りしている事は知っている。

でも、私は何も言わない。

もう少しだけ、こうしていたい。

「とりあえず、今度ドレスヴァンにおいで。色々と見せたい物もあるから」
「何ですか、見せたい物って?」
「内緒」
「そう言われると気になります!」
「気になるなら、来るまで教えてあげない」
「……もしかして、私を呼ぶ口実ですか?」
「さぁ、どうだろうね」

のらりくらりとかわされながら、二人で他愛もない話をする。その間、繋いだ手が離れることはなかった。


End.


−−−−−−−−−−
ジャンさんに翻弄されつつ、甘やかされたいと思う今日この頃。
彼女ができたら「大事にするよ、俺」(GREE版イベントより)ですから。



title by:ペトルーシュカ



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