桜色リップクリーム


「――お怪我はありませんでしたか?」

アルベルトさんの心配そうな声がして、私ははっと顔を上げた。アルベルトさんは長身だから、必然的に私の顔を上から覗きこむ格好になっている。
濃い茶色の瞳に自分が映っていて、思わず一歩後退った。

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」
「そうですか」

なおもじっと覗きこんでくるアルベルトさん。見つめられることなんて滅多に無いから、ドキドキして頭がぼーっとしてくる。

「あの、何か……?」
「荒れていますね」
「ふぇ?」
「肌や唇の荒れはビタミン不足です。×××様もお忙しいかとは思いますが、不摂生には気をつけて下さい」

思わず出た私の変な声もどこ吹く風で、アルベルトさんは淡々とそう言った。そして、ビタミンやミネラルにどういった効用があるのかを述べていく。
…アルベルトさんは、どうしてこういう事にも詳しいのだろうか。ちょっとした疑問だ。


「――という訳です」
「なるほど。勉強になりました」
「かなり唇が荒れていらっしゃいますので、リップクリームぐらいはお塗り下さい」
「リップクリームなら持ってますよ。確か……」

秋冬はすぐに唇がかさついてしまうので、リップクリームを持ち歩いている。ポケットの中を漁ると、愛用のリップクリームがあった。
後ろを向いてリップクリームを塗り直すと、それを見たアルベルトさんがぽつりと言った。

「……チェリーブロッサム」
「え?」
「その、可愛らしい色だなと思いまして…」

アルタリアのロベルト王子には言われ慣れているけれど、アルベルトさんがそんな事を言うだなんて意外だ。
アルベルトさんとは浅くない付き合いだが、「可愛い」とか「綺麗だ」という台詞を聞いたことは、数える程しかない。

「お似合いですよ。――思わず触れたくなるほどに」
「!?」

色つきリップがはみ出していた部分を、アルベルトさんの指がきゅっとなぞった。本気なのか冗談なのか、まったく読めないその表情。
私はその意味を聞き返す事も、アルベルトさんの顔を直視する事も出来なかった。

「あ、ありがとうございます……」


――アルベルトさんなら、どれだけ触れたって構わないですよ。


そんな事、思っていても言えない。


End.


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私が書くアルベルトさん話は何というか、アル←ヒロイン。
アルベルトさんが本気を出したら、一瞬で落とされると思う。



title by:ペトルーシュカ



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