20 最終課題が来週に控えたある日。 選手たちは 全ての試験が免除されることになっているので関係ないが、他の生徒や教師にはそんなことはない。DADAでは今日も 元闇払いの教師ムーディ先生による試験前の授業がなされた後だった。高度な闇の魔術を見せ、対処法を筆記させるといった流れなのだが、拷問系の呪文ばかりだったのは ムーディもといジュニアの性癖によるものなのか。それでもムーディのキャラに合っているため、他の教師陣はなにも疑いはしないようだ。ディアナは色々と思うところをぐっと堪えて、スリザリンクラスの代表として 飛び散った蜘蛛やねずみの残骸を片していた。いつもはメアリたちも残った手伝ってくれるのだが、期末試験に向けて余裕のない彼女たちは先に寮へ帰した。ジュニアに帝王の企みの進行状況を確認したかったのもある。 ディアナが夢の内容を話し、ジュニアがそれを帝王に報告する間にその事象が起きていて、終わってから帝王の耳に届く という綱渡りめいたことをしている。帝王の利にならないようにしつつも、信頼を得るために細工する必要があったからだ。ジュニアの話では ペティグリューが帝王復活に使う魔法薬を完成させつつあり、来たる日に向けて準備はすすんでいるようだった。 最終課題の最後、トロフィーに触れたポッターが彼の地に転送され、帝王はペティグリューの一部とポッターの血で復活をする。ディアナが最近何度も夢に見る映像だ。ここまで強く見るということは、どれだけディアナが干渉しても覆らない事なのだろうか。 帝王へと渡す夢の報告が 粗方終わったところで ジュニアが そういえば、とディアナを見やった。 「ディゴリーに守護呪文を掛けたな。昨日のハッフルパフの授業で やけに強い守護ルーンの気配がしたぞ」 「彼が持っているブレスレットにちょっとね。そんなに不自然に見えました?」 ルーンは守る言葉である。セドリックに「お呪いをかけさせて」と頼んで闇魔法から身を守るルーンを刻んだのはつい先日。ダンブルドアやセブルスからも怪しまれないような強度のものを選んだつもりだったが、そのクルクルと廻る義眼にはお見通しのようだ。 「貴方がポッターだけをポートキーに導ければ、事足りることなんですけどね?」 「無論だ。しかし、お前も女だな。好いた男が心配か」 揶揄うような調子でジュニアが話しかけてきた。ディアナはちりとりの中に塵を掻き集める。見なくても分かる。にやり、と意地の悪い顔をしているのだろう。 「変な誤解しないでくださいます? 友人が巻き込まれないか心配ではありますけど」 「ふん、平和ボケでもしてるのか。これから彼の人による時代が始まるというのに」 「わたしは貴方のように帝王に心酔してこちら側にいるのではありませんからね。大切な人が守れればそれでいいんですわ」 塵と蜘蛛のかけらを収め終わって、ディアナがようやく顔を上げる。ジュニアは目を細めて痛々しそうにディアナを見ていた。 「そういう女を知っている。俺の母だ。代わりにアズカバンに入って誰にも看取られずに死んでいった…。俺は母を愛しているが、その生き方には賛同できかねるな」 「あら、心配してくださるの」 「馬鹿か。…お前は覚えもいいし魔法のセンスもある。家に縛られずとも 彼の方の元でうまく生きていけるだろう」 ジュニアは父に認められず束縛されたことで闇へと傾倒していった。それが自己表現の方法だったのだ。 ディアナも色々と魔法族名家の縛りや親の重圧を受けながら育った。マルフォイ家の家風はブラック家とまではいかずとも 苛烈で、生まれて16年ーー生家の家風はディアナに完全に馴染むことはない。それでも家族を愛し、家族を守るためにヴォルデモートに接触を図ったのだ。 ジュニアにとっては疎ましいものでしかない『家族』に縛られて生きているディアナが、哀れにしか見えていないのだろう。 「そんなことないわ。わたし、両親も弟も愛してるのよ。…貴方もそんな顔するのね。そんなひどい生き様かしら」 ディアナが今まで見てきたのは、ムーディに成りすまし演技する彼か 闇の帝王を讃え皓々としているところばかりだったので意外だった。ジュニアの素顔もこの半年で片手で数えるほどしか見ていない。そのジュニアがいまは ムーディらしくない顔 をしていた。まるで迷子になった幼子のような顔だ。 それだけ 彼の家族というものはジュニアを救い、苦しめてきたんだろう。認められたい、と足掻く中で闇に来た彼も この対抗試合の結果で命をおとす。ディアナはその事実をそっと心の中にしまった。 「わたしは自分で選んでここにいる。生き方を憐れまれるいわれはなくってよ。ジュニア、貴方もでしょう?」 「……おまえは、眩しいな。そして達観している。本当に16歳なのか?」 「ふふふ。見ての通りディアナ・マルフォイ、ホグワーツの6年生でしてよ」 彼が確かに生きていたことを、ディアナは覚えていようと思った。 片付けを終え、教室を出る。 薄暗かった教室とは違い、外は光に溢れている。季節は初夏だ。青々とした木々に青い空。この守られた学び舎で暗躍が行われているだなんて 誰が思うだろう。 もし 途中で帝王の気が変わってディアナを服従の呪文をもって 情報を聞き出されたら? もし 予知夢も外れて家族を失うような事が起こったら? もしーーそんな心配は尽きないのだ。足を踏み入れてしまったのだから、せめてディアナの行動で世界がぐらつかないように、足を踏ん張っているしかないのだ。 (でも もし わたしが半ばで死んでしまっても) ディアナはキュッと口をひき結んで、地下の実験室を目指して歩みを進めた。 「今は試験前だ、いつものアフタヌーンティーも控えてもらおう」 少しだけ開けられた扉の奥から、セブルスはディアナをギロリと見下ろした。 「不正行為(カンニング)なんて考えてませんわよ、ちゃんと勉強していたらそんなもの必要ありませんし」 「ではお引き取り願おう。わたしは忙しい」 「少しだけ、時間を」 「学生はいい身分ですな。生憎と大人は忙しいのだ、今日は午後から放課だろう。寮に帰って試験勉強に勤しみたまえ」 ねっとりと嫌味を言われ、さすがのディアナもカチンときた。ディアナも研究や監督生としてなかなか忙しい日々を送っていることを、セブルスは知らないではないのだ。ディアナに気をかけるほども余裕がないのかもしれないが、扉が閉じきる前にローファーの先を扉の隙間に差し込んで、なんとかシャットアウトを防ぐ。セブルスの眉間のシワが 「しつこい」と語っていた。 「もう!子ども扱いして!後悔する前に聞いておいてもらおうと思っただけですのに! 気付いてるかもしれないけれど、いえ、気付かないわけがないわよね。いつも他人を疑う 慎重な貴方のことですから」 「おい、なんの話だ」 「わたし 貴方が好きなんですのよ。どんな過去があったって、どんな未来が待っていたって、貴方が好き」 真っ直ぐな言葉に エメラルドブルーの瞳。いきなりのことに固まってしまったセブルスを差し置いて、言ってスッキリしたのか ディアナは「それだけ 覚えておいて欲しくて。では試験問題の作成中にお邪魔いたしました」と言いすてると、足先を引き抜いて寮へと帰って行ってしまった。 「…なんだったんだ」 嵐のような告白に、セブルスはやっとの思いで扉を閉めてソファに身を預けた。試験問題の作成は終わっていたのだが、やりかけの来年度の授業計画はしばらく手に付かないだろう。 あんな叩きつけるような宣言で 何をしたかったのか。確かにセブルス自身もディアナに惹かれてはいた。いかに精神は大人でも体は16歳の少女である。健全な大人であれば 抵抗しかない。 気付かないはずがない。公の場では澄ました顔の彼女が、自分の前だところころと表情を変える。自ら 私室に来て「お茶が美味しい」と寛ぐ。セブルスも盛っているつもりはないが、男が勘違いする要素はそこら中にあった。それを、見ないふりをしていたというのに。 (「後悔する前に聞いておいてもらおうと思ってーー」) そう彼女は言った。セブルスも後悔はある。それも今でも重くのしかかり、命を懸けて贖っている罪が。自分の中の許されない罪について思考を落としかけた時、セブルスはふと気付いた。 「ディアナ・マルフォイ! 何を企てる気だ!!」 『後悔する前に聞いておいてもらおうと思って』。そのセリフは彼女が何かをしようとしていて、失敗するかもしれない保険を掛けている、ということだろうか。いや、セブルスにはそうとしか取れない。 スリザリン寮へ向かってディアナを呼び立てるが、女子寮に入って自室に籠もって試験勉強を始めてしまったディアナは なかなか捕まえられないのであった。 |