13




翌日、スリザリン寮から「弟の扱いに怒った女王さまと ムーディが派手な決闘を行なってスネイプが止めに入ったらしい」という噂が立った。他にはハッフルパフ側から「うちの王子がディアナ・マルフォイの誘惑呪文にかかっている」というよく分からない話も上がっていた。
いろいろ誇張され捻じ曲げられた噂にディアナは失笑した。今年は対抗試合もあることだし話題には事欠かないだろうに、なぜ自分のブラコンぶりも噂になるのかーーディアナがブラコンバッチを付けていたことを目ざとく見つけていたウィーズリーの双子が揃ってからかい倒してくれた。授業の後に説明を求めてきたセブルスには「いちゃもんを付けられただけですわ」とクラウチ・ジュニアの話しに合わせて返しておいた。セブルスに嘘をつくのはとても気が引けたが、他に関心ごとのあるらしいセブルスは納得してくれた。噂に関しては「ムーディを闘るなら 確実に仕留めたまえ」と恐ろしいアドバイスをいただいた。

しかしその噂も数日で消えることになる。ダンスパーティーの相手探しが本格化しはじめてブラコンの噂どころではなくなってしまった。そわそわと浮き足立った雰囲気がホグワーツに充満していた。パーティに参加できるのは4年生以上ということもあって置いてきぼりをくらった下級生の落胆ぶりは大きかった。ちなみに教師陣はパートナー候補にはできない決まりだ。セブルスに「教授を誘おうと思っていましたのに」と言うと「教師を暇だと思っているのかね」と素気無く返された。どうやら仕事が入っているらしい。


「先生はダメだけど、学校が違うからって誘ってはいけないルールはないよ。ディアナ 、ヴぉくと踊ってほしい」
「そうですわね、考えておきますわね イノワン」
「じゃあ ヴぉくは?」
「あら ポリアコフ…どうしようかしら」


わーい、とはしゃいでいるポリアコフに「おまえ絶対選ばれないからな!」とイノワンが噛みつく という茶番を見届けてから、ディアナは図書館へ急ぐ。いろいろ積み重なっていたせいで 通常授業の課題が遅れ気味だったのだ。
図書館の入り口でオリエンタルな顔立ちの美人とすれ違うーーチョウ・チャンだった。涙を湛えた目をキッと釣り上げてディアナを睨みつけ、走り去ってしまう。
後ろ髪をひかれる心地でチョウの姿を見送っていると、「入り口は邪魔になるよ」と優しく手を引かれた。セドリックだった。
図書館では騒がしくなるから、と隣の多目的教室に誘われる。ディアナは 先ほどのチョウの様子から気になっていたことを開口一番に尋ねた。



「断ったの?」
「僕が踊りたいのは彼女じゃないからーー彼女が僕を気にしてるって知ってたから 今まで冷たく接してたのかい?」

仕方ない、とも困ったな、ともとれるような顔でセドリックはディアナを見る。決してそういうわけではないのだが、勘違いしてくれた方が都合がよいかとディアナは黙っていた。
数年前までは同じくらいの背丈だったのに、いつのまにかセドリックの方が頭一つ分も大きくなっていた。体つきもしっかりしていて、セドリックの瞳から読み取れるほど漏れている慕情に「ああ 男なんだな」はディアナは思い知る。


「僕は気付いた自分の気持ちを騙せるほど、『いい子ちゃん』でも『やさしい王子さま』でもないよ」
「…チョウの誘いを断ったんですのね。どうするのダンスパーティーのパートナー」
「君に申し込むよ」
「…うううう」


チョウの誘いを断ってしまった以上 原作から遠のいてしまったんだろうかという焦りと、どのように軌道修正すればいいのかという迷いと、こんなに真摯に求められてしまっていることへの照れで ディアナは動けないでいた。なんのために散々無視してきたのか。
手を差し出して誘った格好のまま、セドリックは辛抱強く待ってくれていた。その間にディアナはぐるぐると自問自答する。原作に引き戻せるだろうか、自分もパートナーがいない…マルフォイ家として出席しないという選択肢はないのだ。生半可な男子生徒を選んでしまっても実家から詮索の手紙が来るだろうし…。イノワンの誘いを受ければいいのだろうが 少しばかり気になるところがあって保留にしている。
きょろきょろと視線をさ迷わせた結果、ディアナはおそるおそるセドリックと視線を合わせた。


「…ちゃんとリードしてくれなきゃ嫌ですからね」
「うーん、がんばるよ」


社交界のダンス慣れしているだろうマルフォイ家の令嬢から言われるとプレッシャーだろうが、セドリックはほっとした様子で引き受けた。

「ちゃんとリードするしエスコートもする。その代わりパーティ当日までギクシャクしてるのは嫌だから仲直りしよう。ディアナは僕の好きな気持ちに応え…てくれると嬉しいけど無理強いはしない。いつも通りだ」
「いつも通り…」
「言っとくけど気になる女の子は君以外にいないからね。もっと仲良くなりたいとも思ってるよ」

ハッフルパフの王子はどこまでも真っ直ぐだった。のらりくらりしていたディアナだがもう逃げ道はない。


「ううう…セドは趣味が悪いわ。こんな扱いにくい女…」
「ぼくの趣味をとやかく言うなら君もだろ、彼はだいぶ年上だ」
「私は中身が年増だから釣り合う…かもしれないじゃない」
「キャンディさん? ディアナも根に持つね」


勝った、と嬉しそうに笑うセドリックにこれ以上言い逃れはできそうにない。この時ディアナは 温厚とされるとハッフルパフが、各寮の中でいちばん粘り強く対応し 求める結果にもっていくことを実感した。
ディアナが手に持っていた課題たちは、すでに提出し終えていたセドリックに手伝ってもらって時間をかけずに書き終えることができた。「報酬はこれで…」と握らせたキャンディの小袋に、セドリックは嬉しそうに笑みを深くした。

「うん、いつも通りだ!」



図書館の前で別れたディアナはセドリックの背中を見送る。
人の気もしらないで…。ディアナはため息をついた。彼の末路を知っている身としては辛いものがある。自分の小さな手のひらで 未来の責任がもてるだろうか。キャンディを渡すときに触れ合った 自分の手のひらを見つめて、もう一度ため息をついた。









戻る
/

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -