クルックシャンクスは列車の個室、窓辺の突き出たところを陣取って悠々と外の景色を眺めていた。
美しい山々が後ろへと流れていく。ホグワーツ魔法学校での暮らしに一区切りついて、これから飼い主であるハーマイオニーの家に帰るところだった。飼われて そのままハーマイオニーと学校へ向かったので、クルックシャンクスはその『家に帰る』ということがとてもたのしみだった。
暗く長かったペットショップ暮らしも、今の飼い主であるハーマイオニーのおかげで変わった。ハーマイオニーは知的な少女だ。思慮深くて、とても慎重。だけど思い切りもいい。学校という場所柄 子どもが多く喧しいのは仕方ないが、それもまぁ 昔の生活に比べれば刺激になって楽しいとも言えた。
そんな学校生活も今年度はこれで終わりである。あの 犬に姿を変える男は無事逃げ果せたらしい。ハーマイオニーが「お利口さん」とあごの下をくすぐりながら褒めてくれた。
今は帰りの機関車の中である。いつもの3人でぺちゃくちゃとおしゃべりをしている。コンパートメントの中をチビのフクロウが飛び回っていた。目障りだが関わると絡まれるので無視を決め込む。

熱心に手紙を読み返していたメガネの坊やが「あっ」と声をあげた。






「見て、裏に書かれてた追伸…」

ハリーが差し出した手紙を、ハーマイオニーとロンが覗き込む。

「『ディアナには悪いことをした…多分彼女は知っているとは思うのだが 一言自分の無事を伝えてくれないだろうか。接点があったらで構わない。』
…うわーっ、ハリー 女王さまに今から会いにいくかい?」


ロンが興奮したように顔を赤らめた。彼はディアナのファンだった。ハーマイオニーが呆れたような目でそれを見ていた。


「彼女、忙しいと思うわ。なんたってフレッドたちが随分言い回ってたもの。『スネイプが女王さまに罰則だ!魔法薬学のレポート追加に加えて倍量だって!」って。それにアンジェリーナが『帰りの機関車で書ききるらしいわよ。八つ当たりのせいで夏休みが削れるのは嫌だって言ってたもの』って」


アンジェリーナとディアナは監督生同士で交流があるらしい。
スリザリンの才女であるディアナ・マルフォイは漏れなく セブルス・スネイプのスリザリン贔屓の内に入れられる。授業後によく質疑応答をしている姿が見受けられていたので、『スネイプのお気に入り』と言われていたほどなのだが、学期末の最終日 なにやらやらかしてしまったらしい。スリザリンの得点は下がってはいなかったのだが、ディアナ・マルフォイがレポート追加と倍増の罰則を受けた。当の本人はいたって涼しい顔をしていたが、帰りの教師の見送りの際に出てきたスネイプの血気迫る顔は、ルーピンが授業で取り扱ったオリエンタルの鬼そっくりだったとみんなで噂しあった。
あんな顔で睨まれたら ハリーだったら透明マントを着た上でダンブルドアの後ろに隠れる。他の2人も同意した。あの気迫には 今学期末のハリーに対する当たりのキツさ以上の怒りを感じた。きっとスネイプのプライドを傷つけるようなとんでも無いことをしてしまったに違いない。

「『彼女は知ってるとは思うのだが…』って、なんで彼女はこのこと知ってるんだ?」
「ロン、言ったじゃない。ダンブルドアの元でタイムターナーを使った時に ディアナが医務室にいて起きていたって。きっと私たちがやったこともダンブルドアの意向も知ってるのよ」
「でも、そもそも なんでシリウスを手伝ったんだろう…」

ハリーはほんの数日前のことを思い出していた。ハリーの後継人でもあるシリウス・ブラックが『ディアナに手伝ってもらった』と言った時の驚きときたら。その時のハリーとハーマイオニーは彼女のことを『鼻持ちならないドラコ・マルフォイの、少しはマトモらしい姉』としか思ってなかったのだから。ちなみに、ロンは一年生のときに道を教えてもらってから ずっと彼女のファンである。

「ペティグリューがキーマンだってこと知ってた。父親の命令でペティグリューを助けようとしてたのかも」
「ねえハリー、 『復活を阻止するため』って彼女は言ってたわ。それにルーピン先生のお薬もってきてくれたし、わたしたちを助けてくれた…悪い人じゃないわ」
「でもマルフォイの姉だよ?なんとでも言える」
「それならシリウスのことはどうなの? 彼女はその情報を魔法省に伝えて彼を捕まえることもできたわ。でもしなかった」


今手元にある情報では答えは見えそうにない。ハリーもハーマイオニーも悩ましげに黙ってしまった。
憧れのディアナのことを回想していたらしいロンは ふにゃっとした声で呟く。


「彼女のパトローナス 可憐だったなあ…。ハーマイオニーはあの蝶々みた?」
「ロン、あれはコウモリよ。飛び方が違うもの」


ひらひらと飛ぶまばゆいパトローナス。あれはディアナのものだったらしい。自分の雄鹿の姿ばかりみていてあまり注目していなかったハリーはもっとよく思い出そうとしたが無理だった。
大きさとかっこよさで言ったら自分の方が上なので、ディアナ・マルフォイも大したことないんだなと思った。後々、ハーマイオニーから「パトローナスは大きさや格好良さじゃないのよ」とお小言を言われることになる。






話しは終わったのだろうか。3人はディアナのことについて話していたようだった。クルックシャンクスはあのブルーエメラルドの瞳を思い出した。澄んでいるようで、どこまでも仄暗いあの瞳。
彼女も聡明な女性だった。少女の姿をしてはいるが、その魂はしっかりとした成人の女性であることをクルックシャンクスは見破っていた。ニーズルの血を引くからだろうか、クルックシャンクスは自分にそういう能力があることを自覚していた。
彼女はだからこその苦労もあるのだろう。クルックシャンクスは 自分と彼女を重ね合わせて ふと考えた。



「にゃぁん」
「あら、クルックシャンクス。何か見つけたの?」


窓の外を眺めて一声鳴いたクルックシャンクスを、あやす様にハーマイオニーが撫でる。その柔らかくて心地いい手のひらに クルックシャンクスは己の鼻面を擦り付けて大いに甘えた。
赤毛の猫は「心休まる相手が 彼女を見つけてくれますように」と祈った。









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