02



父の書斎の扉を軽くノックする。
中から父の渋い声で「はいれ」と返ってきたので開けると、書斎の椅子に座る父とソファに腰掛けたセブルスがいた。父の書斎は 窓際に背を向けて磨き上げたマホガニーの机と回転椅子が置いてあり、その手前に対になったソファが並ぶーーマグルでいう校長室のような配置だ。


「来客中に失礼しました。ーー教授、ごきげんよう」

ワンピースの裾を摘んで一礼する。2人ともディアナの手にある緑の便箋に気がついたらしい。

「ホグワーツか」
「はい、ドラコにも届きました。わたしのほうにはこれが入っていたので、お父様にお知らせしたくて」


ディアナは封筒から金色のバッチを取り出した。
セブルスが然もありなん、といった顔でうなづいた。監督生は寮監からの推薦が大きいと聞く。セブルスが推してくれたのだろう。


「監督生に選ばれたのか。よく励むように」
「はい、お父様」

立ち上がったルシウスがディアナの頭をなでる。ディアナ ももう15歳なのだが、この子ども扱いは嫌いではなかった。前世のことがあるので愛に飢えているのは自覚済みだ。…ついでにいうと精神年齢にいたってはアラサーであることもちゃんと理解している。
それでも 親から褒められるのってとても気持ちいいものだ。


「頑張ったご褒美にフローリアン・フォーテスキューのアイスクリームが食べたいのですけど…お父様がご多忙なのは存じております」

ちらり、とセブルスを見やって白羽の矢を立てる。セブルスはそれに気づいて眉根を寄せた。


「わたしが暇をしているとでも?」
「セブルスとなら外出してもいいでしょう?」

「うちに来てお父様の愚痴に付き合ってるくらいだから暇でしょ」とセブルスを陰で突いて、ルシウスを仰ぎ見る。

「しかし…」
「ね、お父様。わたし 生徒の模範となれるようにがんばってきたわ…パーラーでアイスクリームが食べたいだけなの」

ナルシッサとの旅行も取りやめになり、大人しく屋敷にこもっていた愛娘の たっての願いにルシウスは渋々了承したのだった。









「なぜわたしが子守なんぞ…」
「やだ 子ども扱いしないでください。1ヶ月も家に閉じ込められてごらんなさいませ、鬱々してくるから!」

ディアナは久しぶりの外の空気にうきうきと歩き出した。シフォン素材ワンピースの裾が風になびく。白地にピンクパープルの花柄が舞っていてすてきだ。新調したものにはじめて袖を通したのでディアナの心はとても軽やかだ。
セブルスはというと、いつもの詰襟の服に黒いローブだった。夏なのに暑くはないのだろうか。
シリウス・ブラックのせいで街を行く人々の表情は暗かったが、それでもこの魔法族の通りは活気があった。特に箒専門店の前には人だかりができていた。クィディッチワールドカップの公式新箒が発売したらしい。ディアナはその人混みをちら と横目に見て通り過ぎた。

「ドラコが悔しがりますわね」
「ふん」

去年、当時は最新式だったニンバス2001をスリザリンに贈るとともにシーカーになったドラコは面白くないだろう。彼が母と旅行中でイギリスにいなくてよかった。

「あっ」

アイスクリームパーラーが見えてきたあたりで、ディアナはセブルスの袖を引っ張って立ち止まる。パーラーの軒先、パラソルの下で見覚えのある眼鏡の少年がテキストを広げてアイスクリームを食べていたのだ。
そういえば原作では おばさんを膨らませてしまいダイアゴン横丁に逃げてきたのだっけ、と思い至る。セブルスは苦々しい顔をしていたので、ディアナはそのままセブルスの手を引いて止めた。


「今のセブルスの役目はわたしのエスコートでしょう? ポッターの相手はホグワーツに帰ってからですわよ」

絡みにいって嫌味を言いたいだろうけどだめ、と留めておいて、ディアナは1人でパーラーの注文に行く。
店主のフォーテスキュー氏が「やぁ」とあいさつしてくれた。毎夏訪れるディアナはすでに常連なのだった。


「今年はフォションのリキュールに ドライパインの入ったものが新作だよ」
「おいしそう!それと ダイキリのアイスをくださいな」
「毎度あり! なぁ嬢ちゃん、店先のパラソルの坊ちゃん見てみなよ。珍しい人が来ているんだ」

アイスを用意する店主から目を離し、パラソルの下で参考書と格闘しているらしいポッターを見つめた。どうやら今は薬草学の課題に取り組んでいるらしかった。
縮み薬について読み解くのに必死のポッターは近づくディアナには気付かない。その参考書を取り上げて、別のページを開いて差し出すと、ポッターはぽかんとディアナを見上げていた。

「ここの記述の方が分かりやすいわ。…ここ、ヒナギクの変化が詳しく書いてあるでしょう?」

セブルスの課題は求められる羊皮紙の長さが長い。それだけ、漏らさずに調べて書けということなのだがーー実験に危険を伴う薬草学としては当たり前の課題なのだけどーーその大変さはディアナも身をもって知っている。
きょろきょろと辺りを見回しているポッターにディアナは肩を竦めた。

「残念だけどドラコはいないわよ」

丁度店主に呼ばれたのでアイスクリームを受け取りに行く。コーンを2つ手に持って、ディアナはさっさと人混みに姿を消した。
アイスが溶けてしまうし、セブルスを待たせているからだ。
言われた通り離れた木陰の中で待っていたセブルスに、ディアナはアイスを手渡す。



「あいつと何を話していた」
「なんにも。課題をしてたから助言をしてただけですわ。ダイキリだけどよかったです?」
「…悪くない」


ダイキリはラム酒ベースのお酒のことだ。ライムが入った爽やかなフレーバーである。きれいな青色のアイスクリームをセブルスに渡し、自分はアイボリーに黄色い果肉の入ったアイスに口をつける。
フォションは紅茶のメーカーで、そこのリキュールの混ざった新作は鼻を抜ける紅茶の風味が美味しい、パインがアクセントになってトロピカルな味だ。
隣を見やればセブルスも付属の木製スプーンで食べすすめている。真っ黒の装いで暑かったらしい。ディアナはふふっと漏らすように笑った。



「デートですわね?」


飲み込み損ねたらしいセブルスが、アイスを片手にひどく咳き込んだ。









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