01




毎年の夏休み、ディアナは本を読んだりナルシッサにくっついて旅行をしたりして過ごす。しかし今年は少し違うようだった。





「お母さま、これは…」


リビングルームのマントルピースの上に、煌びやかな背表紙の、今まで家になかったタイプの本を見かけてディアナは目を見張った。
表表紙にはブロンドの魔法使いがキザなウィンクを投げてよこしている。


「ディアナも読んでみますか?とてもおもしろいのよ」
「いいえ、遠慮します」


うれしそうに勧めてきた母には悪いが、ディアナは反射的に断ってしまった。
本の著者は、ギルデロイ・ロックハート。たしかに顔だけはきらきら系ハンサムだ。どこぞの奥さまに「おもしろいから」と勧められてそのままハマってしまったらしい。本を抱えて照れたように頬を赤らめる母の姿は、ティーンのようだった。
まだ借りたものが読みかけのようで、ナルシッサは黙々と続きを読み込んでいる。ブックカバーをかけているところから熱の入り方が伺える。
なるほど、これでは今年は旅行を企画していないわけだと細くため息をはいた。自分の母は意外とミーハーなところがあったらしい。


「お父さまには内緒ですよ?」
「いやぁ…もう気づいていらっしゃるのでは」


最近の寂しそうな父の顔はそれだったのかとディアナは思い至る。
ディアナとドラコが10歳を過ぎた今でも、両親は夫婦仲が良い方だとおもう。以前は食事の後でも 話さないけれど同じ空間にいてそれぞれの時間をすごしていたが、ホグワーツから帰ってからその光景をあまり見ない。
本を読んで微笑む母を見て、父が寂しそうに自室にひきあげていくのだ。


(今まで仲が良くてそういう事がなかったから、耐性がないのかしら)



父がいるかと思ってリビングに来たが、こういうことで最近は書斎が自室に引きこもっていたのかと合点がいった。
父の書斎に向かおうと踵を返すと、ディアナのもっていた薄い冊子を見てナルシッサが声をかけてきた。


「見合い写真ね、よく見ておきなさい」


魔法族の旧家ではまだ恋愛結婚が主流ではない。ディアナは素直に返事をしてリビングを出た。







「お嬢さまっ」
「あらポエナ、早かったわね」


ディアナの膝丈ほどの小柄な屋敷しもべ妖精が悲しそうな顔で廊下をとおせんぼしている。幅の広い廊下だからフェイントをかけて走り抜ければ巻けるだろうか、と考えて諦めた。
ディアナ付きのしもべ妖精ポエナは魔法をつかってでも捕まえてくるだろう。降参だ、と両手を上げる。


「ポエナはっ!旦那さまからっ!お嬢さまがすべての写真を見終えるまでっ!部屋から出すなとっ!」
「わかったわかった、悪かったわ。ほら お部屋に帰りましょう、ミルクティを淹れてくれたのよね?」


ポエナがお茶の準備をしている間に抜け出して、父に抗議しにいこうと思っていたのだが、間に合わなかった。
ホグワーツにいる間 ポエナのミルクティが恋しかったのよ、と話を変えるように促せば しもべ妖精はにこりと笑って部屋へと誘った。ポエナが淹れるミルクティは小さな子ども向けのように甘い。それでいて茶葉の香りがたっぷりして美味しいのだ。例えるなら本格派紅茶花伝。
小さな頃からずっと変わらないその味は、ディアナにとっての懐かしの味だった。


「今朝はっ、ドビーが旦那さまにキツく叱られていたのですっ! ポエナはあの後に旦那さまにっ 叱られたくないですっ!」
「あら、何をしたのかしら?」

ドビーは頭がいいがおっちょこちょいなところがある。それでよく父に叱られていた。


「旦那さまのっ、お片づけの邪魔をしたのですっ!」
「お片づけ、ねえ…?」


魔法省で不正魔法物の取り締まりが強化されている、といったニュースを聞いた気がする。ディアナは父の書斎の方向を見つめた。








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