22



イースター休暇で、ドラコは実家に帰ってきていた。
広いソファに身を預けてぼんやりと庭を見ていると、父のペットの孔雀が相変わらず大きくてハデな飾り羽をばさばさと揺らして練り歩いていた。孔雀はちらちらとこちらへ視線を向けるのだが、目当ての人物がいないとわかるとさっさと飾り羽を仕舞って鳥小屋へと帰ってしまった。ディアナを探していたのだろう、「美しいわね」「とても綺麗よ」とよく声をかけていたからーーいつもの休暇であれば、共にこのリビングで過ごして団欒と過ごしているはずの家族の姿はなかった。ディアナの行方が分からなくなってしまったからである。


母は青白い顔をして帰ってきたドラコを抱き寄せた。震える指先と少し窶れたように見える表情が痛ましい。
母は自分を責めているようだった。夢見は母方の家に遺伝する能力だから、「自分がそのように産んでしまったのだ」と考えているようだ。ディアナがこの場にいたら笑い飛ばすだろう、面白い冗談ね、と。ドラコの美しく強い姉は、そんなことで恨まない。ドラコはうまく慰められない自分を呪いながら、母の細い肩を抱いた。自分も15歳、もう母を抱きしめられるくらいには大きくなっていた。
「帰ったか」とエントランスの螺旋階段の上から声がかかる。ドラコは見上げてぎょっとした。
元々父は色が白い。美容に気をかけている母よりも白いんじゃないだろうか。母もよく話題に出して「雪のように白い肌、ルシウスの子であるあなた達が羨ましいわ」と父譲りの白い肌をしたディアナとドラコにキスをした。今の父は白いなんてものじゃない。


「父上、休まれていますか」
「…私のことはいい、母さんを休ませてくれるか。ここの所、眠りも浅いようだ」


そう言うと、書斎の方へと姿を消した。マルフォイ家の情報網を駆使して、行方を追っているのだろう。玄関横のフクロウ小屋に いつも十数羽寛いでいたフクロウたちが、先程見かけたときは数羽しか残っていなかったから。
消えたのが自分だったら父はここまで探してくれるだろうか、とふと考える。利口で、なんでも知っている、美しくて特別なディアナ。マルフォイ家の跡取りはドラコである、とルシウスから公言されているが「姉が家を継いだほうがどれだけいいだろう」と思うことがあった。それは聖24家に挙げられる重圧からか、重責から逃れたいがためか。父も、そう考えていた節があるのではないだろうか。ここ数年、家にいる間は近くに呼び寄せて貴族としての知識を説いているようだった。それに、ドラコを交ぜてもらったことは 一度もない。


「なぜあんな良い子が…ドラコ、貴方までいなくなってしまったら」
「大丈夫だよ、母さま。ディアナは必ず帰ってくる。ほら部屋に入ろう、ここは冷えるから」




孔雀から目を離したドラコは、そのまま目を瞑ってソファに深く身を沈める。母がいれば「行儀が悪いわ!」とマルフォイ家のなんたるかを説教されているところだろうが、ドラコが手の届く範囲に帰ってきたことで安心したのか、最近は午睡の時間をとってよく休んでいる。今も食事が終わって母は自室に引き上げたところなので、しばらくリビングに帰ってくることはないだろう。
ずるずると腰をソファに擦ったときに違和感がしてポケットを探ると、中から匂い袋のような巾着が出てくる。年明けの頃に「開けちゃダメよ」と手渡されたお守りだった。滑らかな生地の中には、なにやら薄い札のようなものが入っている。好奇心がうずいて巾着の縫い目に指をかけてみたが、開きそうな気配はない。しばらく格闘してみたが、軽く結んであるだけのように見える結び目は随分と頑固だった。もしかしたら魔法がかけられているのかもしれない。まるで、ドラコが開けてしまうだろうことを知っていたかのように。
なんたって、ディアナは預言者なのだから。
ドラコの白い肌にカッと血がのぼる。
この身を焼くのは劣等感だった。巾着を床に叩きつけ、クッションを投げつける。幼稚な反抗であるのはわかっている。ここにディアナがいたなら「あらかわいい」なんて、顔を緩ませてハグしてくるだろうことも。
最愛の姉の その身を案じているはずなのに、とても恨めしく思っている自分に気づいてしまい、とても惨めだった。





ルシウスはやつれてしまった妻の寝顔を、その頬を指の背で撫でる。起きる気配はない、帰宅したドラコの存在で少しは緊張が緩んだのだろう。今は深く寝入っているようだ。
自分が慰めたところで、気休め程度にしかならなかっただろう。なぜなら、妻は「予知夢だけでなく、マルフォイ家の長女だから狙われたのでは」と考えていたようだから。青い血は、呪力の効果が高い。下衆な魔法使いや外国の魔導師からはその身を狙われることもあると聞く。
今回ばかりはその可能性はないだろうとルシウスは分かっていたが、それを妻に言うことはできなかった。彼女は死喰人ではないからだ。
彼の方は「ディアナは生きているだろう、そうだろう セブルス?」と影のように側に控えるセブルス・スネイプに声をかけた。セブルスは「イエス、マイロード」と首を垂れた。
セブルスがクリスマスに贈ったネックレスが探知機となっているらしい。
大事な娘に首輪をかけるとはどう言う了見だ、とぶん殴りたかったが我が君の御前で憚られた。あとで殴っておいた。脱獄してから我が君に侍り、屋敷に残っていたベラトリックスは愉快そうに大口を開けて笑っていた。

「あの子猫ちゃんがそう簡単にやられるタマじゃないさ、なんたってわたしの姪っこなんだからね」

お前みたく下品には育ててません、という買い言葉は飲み込んでおいた。
そんなこんなで、命の無事はわかったが 一向に消息が掴めない。我が君も関与していないという。知っていそうなダンブルドアは行方知れず。いろんなところに手紙を出し、煙突飛行で行方を訪ねてまわっても知るものは居なかった。何か知っている風なゴーリングは 本業の癒師の仕事が忙しく捕まえられないでいる。八方塞がりである。
帰宅した時のドラコの顔がまぶたの裏に浮かぶ。随分と背が伸びた。この間までディアナの後をついて、よちよちと歩いていたような気がする。あの幼かった息子でさえ妻の細い肩を支えていたのだから、ここで家長が踏ん張らなくてはどうする。そのために、世界を破壊しかねる 彼の方の傘下に下ったのだから。
ルシウスが窓の外を見やると いつの間にか 一羽のカラスが窓辺に佇んでいた。カラスのように見えるそれは、彼の方の伝令魔法だ。妻から隠すようにして 窓を開けて招き入れ、腕に留まらせて自室へ急ぐ。

その背を、ナルシッサが寂しげな青い瞳で見送っていた。





「curiosity killed the cat(好奇心は猫を殺す)、か」


くつくつ、と喉の奥で低く笑う。その音は不気味な音で静かな部屋の中に響いた。
これまで幾度となく自分の手から逃れた敵が 自ら罠にかかろうとしている。しかもそれが自分の能力であると、処理範囲内であると信じて疑わないのだ。少年の無鉄砲さが可笑しくて堪らなかった。
ヴォルデモートの意識に何度もアクセスがあった。おそらく、血液を媒体につながってしまった部分があるのだろう。それを利用したのである。

近しい死喰い人たちには連絡を回した。最近消極的なルシウスにも送ったが、「日記を破棄したことの挽回と、娘の消失現場を探すチャンスをやろう」といえば頷かないわけがない。


「猫は嫌いですか?」
「お前は猫というより女豹だろう」

シーツに沈んでいたベラトリックスに身を起こしてこちらをみていた。剣呑な光をはらんでいる黒い瞳は、今は女の色をしている。気だるそうなのは生気を吸ったからだ。
廊下にはベラトリックスの夫であるロドリゲスが控えていることだろう。


「好奇心じゃありませんわ、わたしたちは永久にあなた様のお側に」
「お前たちはよくやってくれている。その苦労もすぐ報われることだろう」


ハリーはヴォルデモートの裏をかこうと、より頻繁にシンクロするようになっている。馬鹿なことだ、蛇は舌舐めずりで待っているというのに。










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