17 ハリーはその日の夜 ヴォルデモート卿の歓喜の笑いを夢に聞いた。 ディアナの寝覚めもそれは悪いもので、闇の印はないものの 予知夢の能力が発動してしまい とんでもない悪夢をみた。それに加えて 翌日のトップニュースは、アズカバンから複数の脱獄者が出たという この時期に最悪のものだった。 「何のことで呼び出されたか、分かっているかい?」 朝食の席で日刊予言者新聞を眺めていたディアナは、普段よりさらに血の気をなくして硬い顔をしたセブルスに連れられ、面接室にいた。 目の前には魔法族の正装を着込んだ偉丈夫、キングズリー・シャックルボルトーー魔法省の職員でコーネリウス・ファッジに重用されている優秀な魔法使いであるーーが深刻な顔をして手を組んで座っている。 体格のいい 大人の魔法使いの圧にも特に怯えた様子はなく、ディアナは良いところの子女らしく上品に座り、なにかを思い出すように頬に手を当てた。 「思いつくのは私の伯母に当てたクリスマスプレゼントですけれど」 「その通りだ」 シャックルボルトは深みのある声で、そううなづいた。 「今回の顛末は、アズカバンに送られた君の伯母宛てのクリスマスプレゼント。然るべき処理がなされるはずのものを職員が着服し、飲食。その菓子が原因で職員は眠気に襲われて意識を失い、その間に脱獄者が出た。現在、脱獄に関して君の関与が疑われている」 ディアナの後ろでそれを聞いていたマクゴナガルとセブルスは目を見開いて ソファに座っている少女を凝視する。 ディアナはといえば「あら、」と声を漏らし心外そうに口を尖らせる。 「勝手に食べてしまったのだから アズカバンの非ではないのでしょうか?」 「それに関しては認めよう。しかし 現在成分を調査中ではあるが、贈り物の中のキャンディに催眠作用のあるものが混じっていたことに関しては、君が計画的に行ったものではないかと」 「わたくし、普通のクリスマスプレゼント用のものを贈ったに過ぎないのですけれど。ちなみにそのキャンディの味の特定は?」 「職員の供述から、リコリス味だと聞いている」 リコリスとはヨーロッパで親しまれているハーブ風味のことだ。独特の風味で好き嫌いは分かれる。 「その方、持病があったのではないかしら」 「え?」 シャックルボルトは怪訝そうに少女を見た。ディアナはその視線を背後のセブルスへと向ける。セブルスは視線の意味がわからずにディアナへと声をかける。 「いいえ、仲良くしている癒師に聞いたことがあるので。リコリス菓子は高血圧の方には控えてもらっているのだと。血栓ができやすくてお薬を処方されている方だとかも。 あまり認知されていなくて、よく運ばれてくる人がいる と言っていましたわ」 リコリス菓子はハーブ由来のものなので、多少なりとも効能がある。更に魔法界の菓子ならば尚更だ。 リコリスの元になるスペイン甘草には色々と効能はあるが、副作用として血圧を上げてしまうというものがある。血圧が短時間に一気に上がれば、もしかしたら意識の溷濁もありうるかもしれない。 それが リコリスとの食べ合わせで悪いように作用したのではないのかとディアナは言うのだ。 「お寂しいだろうと 伯母に贈っていただけですわ。プレゼントも毎年キャンディですし」 「…君はあくまで、この脱獄に関して幇助したわけではないと?」 「伯母が投獄された年からずっと贈っているんですのよ? ショップの領収書も アズカバンからの受領書も実家にありますわ。 それよりも伯母様の手に渡っていなかったことについて、私は遺憾なのですけれど?」 今ここにも授業を欠席して来ているのだ、アズカバンの不始末を押し付けられては堪らないのだとディアナは言った。シャックルボルトが手のひらで制する。 「…手紙も小包も 表向きは渡しましたよ、とするが 実際は渡さないんだ。渡しても気力を削いでいる虜囚たちの心の励みになってしまっても困るし、虜囚の私物は一切認められていないのだからね」 一度入れば出られない、それがアズカバンなのだ。そのはずだったのにシリウス・ブラックに引き続き 今回の事件が起きてしまった。 他にもシャックルボルトはディアナにいくつかの質問をして、マグゴナガルやセブルスにも「本人がホグワーツに居たのか」という確認をした後、ディアナは解放された。 部屋から送り出される際にシャックルボルトから声が掛けられる。 「あまり余計な行動をすると、こちらでも守りきれなくなるよ」 「彼ってとても親切ですわよね」 しみじみとディアナがつぶやく。寮へとディアナを送り返すセブルスが、意図が分からず目を細めた。 「こんな怪しい身の上のわたしを、まだ守ろうとしてくれるんですもの」 表向きは魔法省のコーネリウス側に立って ダンブルドアと敵対しているキングズリー・シャックルボルトではあるが、実は不死鳥の騎士団員でもある。彼はダンブルドアが庇護するディアナを守るために動いてくれるだろう。 シャックルボルトの根っからの善人ぶりに感嘆する。いや、やはり見目がいい年若い魔女というのが大きいのだろうか。ディアナは内心で この顔に産んでくれた両親に感謝する。 「ほう、では脱獄囚の姪であるお前は 確信犯だというのか?」 「あら棘がありますわね、あなたにも昨夜聞こえたのではなくて? あの方の喜びの声が」 声にならぬ雄叫び、それはわ セブルスが顔を青くしてブルリと震えた。烙印があるほうの腕をさすっているところを見ると、そのようだった。 「私はベラ伯母様にプレゼントを贈っただけ。減点されます?」 「ーわたしの手を煩わせたので1点減点」 「それでセブの気が晴れるなら」 「晴れるか、馬鹿者」 どこから流れたのか、あっという間に噂はホグワーツ中に広がった。 ディアナ・マルフォイが脱獄の手助けを疑われて魔法省職員から事情聴取があったことは、学校中の誰もが知っていた。 それに肖ろうと取り巻きになる生徒もいたが敬遠したり脅えた目で遠巻きに噂をする生徒も出てきた。それでもディアナは我関せずの態度である。それが尚更「アズカバン脱獄の幇助したという噂は本当なのでは?」とみなの不安を煽ることになるのだが。 「ちょっとディアナ!」 「メアリ、わたしはマルフォイなのよ?」 思わせておけばいいの、とばかりににっこりと微笑む友人に 言葉を遮られてしまった。ディアナは明日、面接の練習のためにロンドンまで行くというに。 この麗しい友人は一年生の頃から その偏見のせいで苦労してきた。それを上手く利用したりと強かな性格をしているのだけど、あり得もしない妄執のせいで不当に扱われることの多さにメアリは腹を立てていた。 「印象が悪いわ!」 「うふ、心配してくれてありがとう」 「危険だからって断ってもいいのに。いくらあなたとあなたの伯母が親しくなくっても、その力のせいで攫われたりするかもしれないのだし!」 「わたしたちのアンブリッジ高等尋問官さまは そんなことお考えじゃないでしょうね。怯えた顔で外出許可に印をくれたもの」 ころころと笑うディアナ。 しかしディアナが大丈夫なのだというなら、そうなのだろう。メアリはため息をついた。 しかしその数日後、日刊予言者新聞にディアナが姿を消した という記事が一面に載るのだった。 |