15






夕方6時。ただでさえ空が暗くなってくる時間帯だというのに、地下棟は更に暗い。常時壁際の灯りはついているし、カツンカツン と響いてしまう靴音がより不気味だ。それだけでテンションだだ下がりなのに、ハリーを悩ませている元凶の一つは そんな気も知りもしないで ごく自然に挨拶をした。


「Hi, harry」

「こんばんは、ディアナ」
「堅いわね。これから蛇の巣に行くのだから当然かしら。セブルスは蛇というより闇に潜んでる蝙蝠みたいだけど」


ハリーは返す言葉がみつからなくて、肩をすくめた。あなたも十分に警戒対象です、とは本人を目の前にして流石には言えない。
ディアナは気にもしていない風で「さぁ行きましょうか」と歩みを進めた。ハリーは少しためらった後 ディアナ・マルフォイのピンと伸びた美しい背中を追う。


ディアナ、あの ドラコ・マルフォイの実姉だ。スリザリンでしかもヴォルデモートに与したマルフォイ家の人間だというのに、その立場はどっち付かずで ハリーはどう接したらいいのか分からずにいた。

賢者の石のころはクィレル先生に襲われていたし、秘密の部屋ではジニーを助けてくれた。シリウスを庇おうとしてくれたこともあった。しかし去年、あの忘れもしない対抗試合で セドリックを見殺しにしたのだ。セドリックはあんなに彼女のことが好きだったというのに。ハリーは ディアナを悪魔のような女なのだと思った。綺麗な容姿と仕草で油断させておいて、騎士団に入り込んで また何かを企んでいるのだとも。

ハリーの考えの通り、シリウスはディアナにデレデレしていたし、ウィーズリー家の人たちも不思議と敵視していなかった。ディアナはマルフォイ家の人間なのに。ハリーは知っている。スネイプやクリーチャーと小声で話しをしていたのだ。絶対に、あやしい。

ダンブルドアに進言したが、彼はロンやハーマイオニー同様に首を横に振った。「ハリー、あの子を信じておあげ」と あの明るい水色の瞳で言われたら、それ以上の抗議を出来るはずがない。
それに今のように、導くようにしてハリーを先導してくれることが度々あるのだ。今も然り、リーマスが狼男になってしまった時も然り、教室がわからずに迷子になった1年生の時然り。

トントン、と分厚い扉をノックする音でハリーは現実に戻された。もう研究室の前まで来ていたようだ。ノックをしたディアナが、中からの返答を待っている。
その横顔は本当に、整っていて 人形のようだ。
今回 ハリーと共に研究室に行こうかと提案してくれたけど、どのような意図があるのだろう。以前のように助けようとしてくれている?スネイプと2人でハリーのことを嬲り殺すのだろうか。それとも捕らえられてヴォルデモートの元に?
それでもよかった、直接ヴォルデモートと対面できれば あの不思議な夢のことも聞き出せるかもしれない。念のため ロンには「今夜帰ってこなかったらダンブルドアに伝えて」と言伝てあるし、ハーマイオニーからは有用な呪文をいくつか教えてもらった。準備は、できている。
ハリーは汗の滲んだ手を握りしめた。



「ディアナ、すまないが この後 用が入っていて…」


研究の扉が開いて、スネイプが顔をのぞかせた。と、そのままディアナの背後にいるハリーに気付いて、口を噤んだ。
今、ファーストネームで呼んだ?


「知っていますわ、ハリーの『補習』でしょう?」

ディアナはくすりと笑って ハリーの手を掴むと、固まってしまっているスネイプを軽く押しのけて 研究室へと入っていった。あああ、手が汗で濡れてるのに。冷んやりした滑らかな手がハリーの緊張で粘ついた手を引いていく。
すれ違いざまにスネイプに睨まれる。いやいやいや、部屋に入ったのは僕のせいじゃないから。

部屋は薄暗く、壁に並んだ棚には何百というガラス瓶が置かれ、さまざまな色合いの魔法薬に動物や植物の断片が浮かんでいた。神経がついたまま漬けられている目玉にぎろりと睨まれて、ハリーは慌てて目をそらした。が、その視線の先に見覚えのある水盆が置かれていることに気づいた。
ルーンの言葉が刻まれた石の水盆が ロウソクの光溜まりの中にぽつんと浮かんでいた。ダンブルドアの憂いの篩だ。


「Ms.マルフォイ、私はお前をここに呼んだつもりはないのだが?」
「閉心術を教えるのでしょう? ダンブルドアには許可を取ってありますわ。聞いてない?やだ、そんな怖い顔しないでくださいな」


7年生ともなれば、教師に対してここまで強く出られるのだろうか。ディアナは睨みつけてくるスネイプを軽くいなした。そういえばこの2人はどのような関係なのだろう。
ドラコとスネイプが入学前から顔見知りだったようなことを言っていたが、それならばディアナのことも知っているだろう。きっとルシウス・マルフォイが関わっているに違いない。夏休みに騎士団本部に隠れていた時は 2人に関して注意深く見ていなかったが、先ほどのように自然とファーストネームで呼ぶ中だとは思っていなかった。
今のディアナの余裕の返しも、親を通じた顔見知りというよりは もう少し近いもののような気もする。
ディアナの綺麗な微笑みに、スネイプは苦虫を噛んだような顔をしていた。


「…この件については私が一任されている。お前が首を突っ込むことではない」
「あら、わたしも貴方に教わったんだもの。弟弟子が気になるじゃない。教授が手荒なことをしないか見ているだけですわ。あ、ついでにこれ 外出願いです。就職活動の面接が入ったので」
「魔法省からの通知には3月だと書いてあったはずだが?」
「事前の面接練習をして下さるそうよ」


目の前で繰り広げられる会話の情報量にハリーは目を白黒させた。スネイプを言い負かすだなんて…それに面接のために近々外出する? いや それよりも聞きなれない単語があった。


「ぼくが なに?」
「弟弟子、よ。
わたし、小さい頃には予知夢を見ていたから 悪用されないように教授に教えて頂いていたんですの」


さあ、わたしのことはお気になさらずレッスンを続けて。にっこりと言い放つディアナに スネイプは額に手をあて 深くため息をついていた。







セブルスの ハリーいびりを ディアナは頬杖をついて眺めていた。弟弟子の様子が気になったという言い訳も本当だが。


確かに教師らしからぬ というか 大人気ない態度をとるセブルスだが、根深いトラウマを植え付けられたことも知っているし、なによりハリー自身にも反骨精神があるためにぶつかり合ってしまうのは致し方ないのだ。
この閉心術も抗う気持ちがないと成功率が落ちてしまうものだから、このままでよいといえばよいのか…。しかしハリー側に猜疑心が残っているままでは 会得も難しいだろう、そういうところ あの狸爺は分かっているのだろうか。
原作は閉心術を覚えきらないで終わってしまうのだが、ハリーのためにも身を守ることにつながるだろう というのが閉心術を学んだディアナの考えだ。時間稼ぎをすることくらいはできるだろう。そのためにはセブルスとハリーの衝突を和らげなければならないのだ。


「立て、やる気がないなら 帝王にやすやすと心を暴かれるしかないのだ、この弱虫め!」
「僕は 弱虫じゃない!」

怒りを孕んだ緑の瞳で見上げるハリー。だんだんとヒートアップしてきた2人に、ディアナは声をかけた。

「ねえ、ここで一休みしたらどうかしら」
「二度も言わせるな、こやつを任されたのはお前ではない。わたしだ」


杖を突きつけるセブルスに、這いつくばるハリー。ディアナは嫌な予感がした。
ハリーへのやり方は開心術を「撥ねのける方法」は伸ばすけれど、「心を閉ざす方法」ではない。
年頃の男の子がここまで心を掻き混ぜられたなら、心を克くすなんて難しい話だ。原作ではそのように進んだのは知っているが、実際にそれを目にすると 15才にこれは苛酷だろう。選ばれたというだけで、ドラコとなんら変わりない男の子だというのに。やはり無理な話だったのだろう。

離れているディアナにも、乱れたハリーの心の断片が視えてしまうほどにはその場に魔力が渦巻いている。セブルス自身もヒートアップしていて その事に気付いていないようだった。


「怒りを制してみろ、もう一度だ!レジリメンス!」
「ストップ、セブルス!」


この部屋に渦巻く魔力はそんな煽り方をすれば爆ぜてしまう。咄嗟にハリーの前に飛び出した。
このままではレジリメンスを受けてしまうがしょうがない、心を閉じたつもりだが渦巻いた魔力に引きづられて ディアナの記憶の断片が流れていく。

これは、やばい。
咄嗟にハリーを胸に抱き寄せて目を伏せさせたが、抵抗された。どこを どこまで 視てしまったのか。
セブルスも周りの状況に気付いたようで解除呪文を放って こちらの様子をうかがっている。
荒れていた空気が徐々に凪いでいく。最後の風が一陣 通り過ぎて、ようやくディアナは息をついて、ハリーから手を離した。


「…落ち着いた?」


額の傷が酷く痛むのか手をあてて青白い顔をしたハリーがゆっくりとセブルスを見上げ、続いてディアナを見た。随分と青い顔をしていた。



「『神秘部』にはなにが何があるんですか?」
「…何と言った?」


ディアナは 揺らいだセブルスの言葉がやけに遠く聞こえた。ああ、やはりだめだった。
運命の秒針は確実に進んでいるのだ。









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