03



リリーの夢を見た気がした。哀しげな顔で自分を見つめるリリーの夢。きみは ぼくをゆるしてくれないんだろうか。
セブルスが目を覚ますと、乱れた姿でソファで横になっていた。辺りには衣服が散乱しており、腹の上にはタオルケットがかけられている。そこまで確認して、セブルスは自分の失態をありありと思い出した。自分の顔に羞恥からか熱が集まり、次いで血の気が引いていくのを感じた。


「なんて顔してますの」


セブルスが案じていた少女が、けろりとした顔でバスルームへと続く扉から現れた。シャワーを浴びたのだろうか、長い髪をタオルで拭き取っている。バスローブから覗く白い腕や首元には 強く掴んだ跡や噛み跡が目立った。セブルスが目を細めると、ディアナが「服で隠れるから大丈夫よ」と何でもないような顔で答えた。


「バスローブ勝手に借りましたわ。セブもコーヒーでいい?」
「……。」


勝手にしろ と言いたいところだが、何も返す気力がなくて、セブルスはソファから起き上がって 顔を手で覆った。指通りの悪い髪に指を通してがしがしと掻く。
もう日が昇って昼近いらしい。ディアナの淹れたコーヒーの香りが鼻につく。昨夜は 物を扱うかのように乱雑に犯した覚えがあるーー小さい頃から知っている 預かり物のまだ未成年の女性を、だ。如何に久しぶりに使用する闇魔法と血の臭いに浮かされていたとしても、その事実にセブルスは消えてしまいたいほどの羞恥を感じた。
目の前のローテーブルにコーヒーの入ったマグが置かれる。ディアナは セブルスが座り込んでいるソファの肘掛の部分に腰を下ろした。バスローブ姿でディアナもコーヒーを飲んでいる。


「…悪かった」
「気にしないで、利用したのはわたしも一緒ですもの。…春を通り越して一気に夏ですわね」
「何のことだ?」
「いいえ、こっちの話」


ディアナは、自分のことを好いているらしい。馬鹿なことだと思う。既に亡い者を慕っている自分が言える義理ではないと気付いて、セブルスは開けた口を噤んだ。


「でも、荒れてましたわね。何があったの なんて聞かないですけど、次は優しくしてくださいね」
「馬鹿か、次はない」


あら残念、とディアナがころころと笑っているのが気不味くて セブルスは無言でアメリカンの入ったマグを傾けた。








午後からはディアナが「聖マンゴに用事がある」というので護衛のためにセブルスが付いて行った。受付に名前を言うと、病棟ではなく奥へと通され 何かの研究室のような部屋に行き着く。忙しそうに歩き回っているスタッフの中に、何年か前にホグワーツで見た顔を見つけ、セブルスは顔をしかめた。


「おや…なんでスネイプ先生が?」
「エリック、わたしの護衛をしていただいてるんですのよ」
「あぁ、なるほどね」


数年前ホグワーツから卒業して行ったその男は、そういえば聖マンゴに就職していたのだったと記憶を探し当て、セブルスは目を見張る。優秀だが頼りなかったレイブンクロー生は立派な癒者に育っているようだ。彼の生家はこの病院の理事をしているのだと思い至る。


「混ざっていたけど、言うとおりにしたらなんとか抽出できたよ。無言者じゃなくて聖マンゴで働かない?」
「人を癒すなんて、ガラじゃないわ」
「白衣にハイヒール 似合うと思うんだけどなあ」


じゃれ合っているように見える2人だが、エリックが持つガラス管に入っている濁った黄色い液体を挟んで、分厚い医学書を広げている。セブルスにはそれが何なのか見当もつかない。ディアナがその視線に気がついて説明した。


「ヘビ毒ですのよ、ナギニの…」
「先々月 悲劇の英雄セドリック・ディゴリーの遺体がここに運ばれてね。エンバーミングやらなんやらしている間に毒だけを抽出させてもらったんですよ…先生?」

にこやかにエリックが説明してくれるが、その細められた目は笑ってはいない。その目は「あなたの分からない話ができて とても気分がいいです」と雄弁に語っていた。そういえば、と この男も在学中はディアナに付きまとっていたことを思い出してセブルスは 鼻を鳴らした。
ちなみにエンバーミングというのは損傷した遺体を綺麗にしたり衛生を保つ施術のことをいう。セドリックの遺体は課題中だったこともあり、土汚れや擦り傷が目立っていたし 何よりも死の呪文を受けたという事で 遺族に引き渡される前に病院に運ばれて処置されたのだ。



「俺は癒者ですけど、マグルの医学にも興味がありまして…そうしたらディアナが『ナギニの血清をつくるのを手伝ってくれないか』って。魔法界には血清という概念がないから。ちょうど良く毒も手に入ったし。さすが預言者」
「今回については不服です。セドリックを生かすつもりでしたもの。血清の製造は後々やろうと…これじゃあナギニの毒を採取するためにセドに死んでもらったようなものだわ」
「元々『死ぬはず』だったんだろう? ヘビ毒も手に入ったし、彼の犠牲は『必要』だったのさ。あ、先生 この血清についてはここだけの秘密ですからね。悪い輩に狙われかねない」


外部と協力して研究を行っていることは知っていたが、ここまで重大なことを行っているとは知らなかったセブルスは 他の研究員と話を進めているディアナをまじまじと見つめる。その視線に気付いたディアナが申し訳なさそうに視線を返した。


「ダンブルドアに報告していただいて構いませんわ。これに関しては私の一存で、帝王は関与していません。血清についてはこちらで動くので手出し無用とお伝えください。…去年のことで 隠し事厳禁 と怒られてしまったので」
「隠し事と言えば、なんでディアナは先生と同じシャンプーのにおいがするんだい?」


ヘビ毒のアンプルを置きに行っていたエリックが、セブルスの前を通りがかって くん と鼻を鳴らした。ぴしり、と周りの空気が固まる。


「保護してもらってるんだから 同じ臭いがしてもおかしくはないでしょう?」
「そうかなあ」


下世話なことに にんまりとしたエリックの足を、ディアナはとりあえずローファーで踏んでおいた。エリックの嬉しそうな声は聞こえないふりである。










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