ブルーマロウ



夏休みに入る直前、マルフォイ夫妻は三者懇談ということでホグワーツに呼び出されていた。普段は親を交えての懇談などはしないのだが、ディアナの特異な進路のために話し合いの場が用意されたのだ。
先日のことがあったからかピリピリとした雰囲気を醸し出している夫を宥めるようにして、ナルシッサは用意された客室を見渡す。生徒として通っていた時は、このような部屋があることも知らなかった。自分も親になったのだなとしみじみと思う。
ディアナは小さい頃から手のかからない子だった。弟のドラコが生まれてからも、赤ちゃん返りすることもなく 姉としてドラコを育ててくれた。予知夢のことがわかってからも変に曲がって育つことはなく、家族思いのとてもいい子だった。ルシウスはディアナの身を案じて無言者としての進路に反対しているが、自分のことを知ることはとても良いことだし 女性が自ら歩き出す時代になったのだから 研究者として生きることも良いのではと考えていた。しかし、イギリス魔法界はまた仄暗くなってきている。親想いのいい子ではあるが、押さえつけてなんとかなる子ではないことは 母親として理解していた。



「遅れて申し訳ない。では話し合いをはじめますかな」

ダンブルドアとディアナ、寮監としてセブルスが反対側の長椅子に腰掛ける。その様子に夫妻は違和感を感じた。


「ご息女の希望する進路についてですが…聞き及んでおられますかな」
「おお セブルス、うちのディアナはそこらの子らよりも頭も良く才能もある。しかし出来れば早めに他家に嫁いで 純血を遺してほしいと考えていてね…「あなた、ディアナをご覧なさい」 ああ聞いているよ、魔法省の無言者志望だったね。あいにく この私でもコネがない。実にアンラッキーだ」


むっすりしたディアナの表情に気付いたルシウスは目をそらして 実に残念だと嘯く。
なるほど 違和感の正体はこれか、とナルシッサはルージュをひいた形のいい唇から小さく息を吐く。これは進路の三者面談ではない。保護することへの了承を取るための呼び出しなのだ。
無言者にツテがないのは本当なのだろう、ルシウスも娘の夢は応援したいはずだ。それでも魔法省の秘密機関である神秘部には 如何なマルフォイ家でも干渉することができなかったために、ホグワーツが そしてダンブルドアが代わりにディアナを保護しよう という話なのだ。イギリス魔法界の治安は刻々と悪くなっているのだから。


「お父さま、手紙でも話したでしょう。せっかくこの能力があるんだから ちゃんと解明したいの」
「精度の証明はできただろう。もう十分だ」
「活かせる仕事に就きたいと思うのはイケないこと?」

ヒートアップしてきた2人の間に セブルスが割って入る。ソファから半身立ち上がっていたルシウスを落ち着かせるように セブルスはルシウスの隣に腰掛けた。

「この通りご息女の意思は固い。ついでに言うと今年度の研究成果もめざましいものがありましてな、様々な研究機関から共同研究の申し出が舞い込んでおる。こうしてご息女の能力が晒されてしまってはーー聞き及んでおりますかな? ヴォルデモート…」

その名前にナルシッサは身を硬くした。隣のルシウスも顔色を悪くして、固まったままダンブルドアを見ている。

「彼奴に この能力を悪用されかねん。Mr.マルフォイも それを危惧してご息女をイギリスから離そうとしておられるのじゃろう…。しかし皮肉なことにディアナが予知夢の確実性を実証したばかりに、この力はとても危ういものになった」

それがあるから、ルシウスもナルシッサも 最初は断固として止めたのだ。それでもディアナは自分の能力を知りたいと言った。


「そこで、じゃ。わしの私立の機関でこの子の身柄を預かりたい。ディアナの研究は続けていい。しかしわしの仲間が見張ることにはなる…ディアナには ご夫妻と親交のあるセブルスに付いてもらうつもりじゃ。もちろん、夏の間はたまになら帰省も可能。保護の観点から 連泊は許可できんが…」


どうじゃ?とダンブルドアの水色の瞳が煌めいてナルシッサをうつした。ルシウスはといえば隣で何やらセブルスと話し込んでいる。
ナルシッサの答えは一つだ。


「よろしくお願いしますわ」


言葉はダンブルドアに向けて発したが、ナルシッサの瞳は自分の娘へと注がれていた。来年には成人し、一人前の魔女になる娘。手のかからない子だった。しかし目をかけなかったわけではない。成人して 外に出てしまえばそれまでなのだ。
自分が学生だったころから時代は変わった。貴族の娘のしあわせは家庭に入ることだけではなくなったのだ。今はどんな道でも歩むことができる。
この子が生き延びてくれさえすればいい。親として今できることは、家よりも安全なところに託すことくらいだった。






「でも、セブルスなんですのね」

話の本題が終わって、ブレイクタイムということでようやく紅茶を口にするナルシッサ。気にかかるといった様子でディアナとセブルスを交互に見る。


「何か問題でもあるかね? わたしは適任だと思うが」


自らの後輩として セブルスに目をかけてきた夫はなにも疑おうとはしない。ナルシッサも セブルスならばディアナを悪いようにはしないだろうという思いはあるが、気がかりはあった。
実の娘だからこそ気付く その視線の熱量。
母の言いたいことに気づいて びくびくして小さくなっているディアナを見て、ナルシッサは小さく溜息をついた。


「男性がディアナを監視する、という点ならば 安心してほしい。そういう細やかなところは女性が観させてもらいますよ」

ダンブルドアも口を挟んだ。長い顎髭はリボンでまとめられ 紅茶が飲みやすいようになっている。この人がお茶目な様子なのは今も変わらないらしい。そして ナルシッサの言いたいことに気付いているらしいことを察する。セブルスはといえば、苦い顔をしていた。彼もディアナの気持ちに気付いているらしい。
話がわかっていないのはルシウスのみだ。


「まぁ そういうことならば…。ディアナ、ご迷惑を掛けないようになさい」
「はい、お母さま」


女子ならば年上の男性に憧れることはあるだろう。ナルシッサにも覚えはある。娘のそれも一過性のものだと思いたくて、ナルシッサは再び紅茶を飲み込んだ。









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