心を溶かすおまじない



がちゃん、
玄関の扉が乱暴に開かれる音に午後のお茶の時間を過ごしていたディアナとポエナは顔を見合わせた。
この家は魔法をかけてあるから 強盗のようなものは入れないようになっているし、まず 悪意あるものが「この家」に近づくようなら屋敷しもべ妖精であるポエナが真っ先に感じ取るはずだ。
順当に考えれば、家の鍵を持つセブルスが 帰ってきたのだろうということになるのだが。

姿現しで先にエントランスへと飛んだポエナを追って、ディアナも足で追いかける。

追いついてみれば、ポエナがきゃんきゃんと吠えている。覗いてみると全身濡れ鼠のセブルスがふかふかのバスタオルに包まれて、ポエナに叱られているところだった。


「セブ?」

声をかけると、セブルスが ばっと顔を上げる。それが随分と顔色が悪かったのでディアナは目を見開いた。


「とりあえずお着替えくださいっ! 顔色が大変悪うございますっ!こんなに冷えて…魔法をお使いにはっ? それにまたなにも食べずに研究されてっ!? ああ、ディアナさまっ わたくしめは湯を張って 食事の準備をしてまいりますので 旦那さまをおねがいしますっ!」


お小言は全てポエナにとられてしまった。
最低限の水滴をセブルスが魔法で乾かす。しかし頭の先から爪先まで 本当にずぶ濡れらしい。乾ききらないのでセブルスをバスルームへと押し込んだ。



何かあったのだろうか、と飲みかけの紅茶を飲みながらバスルームへと続く方へ そわそわと目を向ける。
セブルスの工房はホームにしているここから離れている。泊まりがけで研究に赴くことも珍しくはなく、月のほとんどをあちらで過ごすために、もう工房の方が自宅になっているのだった。この間は脱狼薬の調合短縮を調べていたらしい。あれはとても手間のかかる難しい薬だから、簡略化されれば喜ぶ人も多い。逆に狼人間からは目の敵にされているようだ。向こうからすればせっかくの眷属を奪われるのだから。まさか人狼とトラブルに?
話も聞かず 無理矢理バスルームへと押し込んでしまったが、急ぎの用ならばすぐにでも話してくれるだろうし 何よりほっとした顔をしていたので大事ではないのだろうと冷えた体をあたためるのを優先させてしまった。

未だ水が髪から痩けた頬へと滴る
何か言いたそうな唇、
ディアナを抱き寄せようとして 濡れていることに気付いて行き場を失ったセブルスの大きな手ーー


バスルームへ押し込んだ時のことが思い出されてなんだかドキドキしてしまう。こんなときに不謹慎だな、とディアナはため息をついた。


「あ、セブルス…」


髪の毛をがしがしと拭きながら、セブルスがやってくる。駆け寄ると、そのまま抱きとめられた。掻き寄せるように肩を、腰を抱かれ、口付けられる。
驚いだものの、それに応えるように唇を寄せる。背中に手を回してゆっくりと摩る。


「…何かあったんですの?」

セブルスの手の力が抜けてきたので、頬を手で包んで その顔を覗き込む。黒い瞳は 照れてしまったのか すい、と横に逃げられた。

「夢見が悪くてーーー」


お前がいなくなる夢をみた、とセブルスが囁いた。まるで「嘘だと言ってくれ」と乞うように。
驚いた。そして、不謹慎だけれどディアナは嬉しくなってしまった。
悪夢をみてしまって自分が濡れるのも構わずにここまで走ってきたのだと思ったら愛しくなった。


「姿現し避けの魔法は、これから解いておきましょうか」
「そうしてくれ」


大丈夫よ、大丈夫。
落ち着かせるように背中を摩る。
背の高いセブルスを抱きしめるようにすると、どうしても密着する他ない。ディアナの腹の辺りに主張するものがあった。


「なんで?」
「…このまま寝室に誘ってもいいか?」
「いや、だからなんでこのタイミングで…ちょっと!」

「愛しくなった、yesと言ってくれ」


返事を待たずに深く口付けられる。
そんな甘い声で誘われてしまったらpleaseと言うしかないのに。


「待って、ポエナが今」
「入ってくるほど無粋ではないだろう」

抱きすくめられ、耳を甘噛みされる。ディアナの腹に当たるセブルスの硬いものも「はやくはやく」とびくりと動いている。


「うう、…久しぶりなので優しくしてくださいね」
「それは約束しかねますな」






胃に良いリゾットを仕上げて部屋に戻ってきたポエナは 固く閉ざされた寝室の扉を見て苦笑する。
事が済んでからまた温め直すとしよう。のども渇いているはずだから よく冷えたゼリーでも作ろうか、とキッチンへと消えるのだった。
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