ダマスク・ローズ
「ちょっと屈んでくださる?」
ディアナが何か気がついたような顔で、自分のことを呼んでいる。その表情がいつもの悪戯な笑顔でなかったものだから、セブルスも訝しがりながらもディアナの前で身を屈めた。
「ここ、ほつれてるから糸を切るわね」
「…ん、」
襟首のあたりを軽く引っ張られて、さらにディアナに顔が近づく。口を開けば小生意気なことばかりだが、その顔は陶磁器人形のように整っている。ディアナが愛用しているオードトワレの薔薇が香った。甘すぎず、しつこ過ぎず。綻び始めた瑞々しい蕾のような。そういったことに疎いセブルスでも好ましく感じる香りだーーセブルスにとってディアナは好ましい人物なので、尚更だったのだが。
「終わったわ、…セブ?」
「…いや、お前は」
「大きなお世話だったかしら?」
でも気になったのだもの とディアナがセブルスを見上げる。ブルーエメラルドの瞳が驚いて見開かれた。セブルスがディアナを抱き寄せて、その銀糸のような髪に鼻を埋めたからだった。
「お前はいつも良いにおいがする」
深呼吸、とはいかないものの 堪能するように呼吸を繰り返すセブルス。ディアナは恥ずかしがって身を捩るが、腰に手を回されていて離されることはない。
困ってしまって根負けして、ディアナもセブルスの胸に額を預けた。
「セブルスも好ましいにおいよ」
「…ダウト。さきほどの調合でドクダミを扱ったのだが?」
「職業柄 それは しかたないじゃない。そうね、貴方のにおいよ。芳醇なオトナの男のにおいね」
にやり、と悪戯な瞳を向けられて セブルスはそれを「加齢臭」のことなのだと思い至る。額にチョップを入れ、ディアナの体を引き離した。先ほどまではセブルスが腰に手を回していたのに、今はディアナの方が腰にまとわりついている。
「いやね、貴方だから好ましいのじゃない」
結局は お互いにそうなのだ。