気付いたら 終わっていた 店頭に並ぶ『ホワイトデー特集』の文字に、ミリアリアは足を止めた。 え? と思って。 あれ? と考えて。 近寄って、もう一度見る。 店の一角に作られたコーナーに置かれるチョコとクッキーの群れ。少し高めのお菓子達の上に書かれる『ホワイトデー特集』の文字。 事態を飲み込むまで、数秒かかった。 時を遡ること三日前に、バレンタインデーが終わってしまったという現実を―― 二つのチョコレート ――終わった。 がっくり肩を落とし、ミリアリアは椅子に座った。 そこはディアッカが「夕食デートをしよう」と提案し、予約していた店。現地集合で待ち合わせをしていたが、時間になってもディアッカが姿を見せず、とりあえず中に入って待つことにする。 本音を言うと……帰りたかった。 渡す気が無かったなら良いだろう。しかし彼女は、ディアッカにバレンタインチョコを渡そうと計画を練っていた。 年末には。 ただ、年が明け、忙しくなって、意識から遠のいて行って。 時間はある、まだ用意しなくて大丈夫……そう思っている内に、この結末。 いただけない。 ただただもう落ち込むだけ。 「……なんで買っちゃったかなー……」 ミリアリアはカバンの中から包みを出し、後悔を爆発させる。 ホワイトデーの企画で出されたチョコレート。包みが好みで、思わず買ってしまい……こんなものを買ってどうするんだ、と再び肩を落として。 ディアッカがやって来たのは、そんな時だった。 「悪い悪い! 待った?」 「……少しだけ」 「そんなに怒るなよ。ほら、10分も遅れて悪かったけどさ、これから美味しいディナータイムなんだし。機嫌直せって」 「怒ってないわよ!」 「怒ってるじゃんか」 椅子を引き、ディアッカが座る。 正面で両肘をつき、メニューを見ることもなく、目線は――ミリアリアへ。 「……な、んで見てんのよ……ほら、さっさと選んで」 「お前は? 決まったの?」 「決めてるわよ。10分も待ったんだから」 「んじゃ、呼びますか」 ディアッカが呼び鈴を鳴らすと、ものの数秒でウェイトレスがやって来くる。二人はそれぞれ料理を示し、従業員が注文を復唱。一礼して厨房へと歩いて行った。 客と店、ごく普通のやりとり――であるが、ミリアリアには少々気に入らないことがあったようで。 「ちょっと」 「ん?」 「そんなにあのウェイトレスさん気に入った?」 「いや〜。良い足してんなーって」 ディアッカの目が、ウェイトレスから離れない。 「良い度胸してるじゃない」 「だって、お前見てたら怒ったし」 「あのねー……それはあんたがメニュー見ないからで……」 「ま、何回か来てるしな」 やっぱり、とミリアリアは小さく呻いた。 でなければ、ウェイトレスが来てからメニューを開き、「これ」と指さすことなどできないだろう。 「おっさんに教えてもらってさ。料理美味いし、店の雰囲気も良いし、これは連れてこないと、って思って」 「ふーん」 「で?」 「……なに?」 「その包み、なに?」 「!!!!!!!!」 指摘され、ミリアリアは慌てて「その包み」を隠した。 手にしている最中にディアッカが登場し、しまうタイミングも無く膝の上に置いていた「その包み」。視界に入らなければ何も言われないと考えていたが、目ざとく見つけていたらしい。 これだから、視力の良い男は困る。 「誰かへのプレゼント?」 「そんなんじゃないわよ。美味しそうだから、買っただけ」 「……へー。なるほど」 ほんの少し、ディアッカの視線が下に向いた。 何故ここで、素直になれないのだろう。どうして「遅れたけど……」と渡せないのか、ミリアリアはまたも落ち込んだ。 良いじゃないか、気持なのだから。その気持ちさえ渡せれば、日付なんて関係無い――なんて思ってみても、現実に、それを許せない自分もいて。 また厄介なことに、ディアッカは残念そうな顔をしながらも、完全に自分への「バレンタインチョコ」だと確信している。 憎たらしいことこの上ない。 |