ヴァレンイン







ヴァレンタインに良い思い出はない。
あるにはあるが……『血のヴァレンタイン』のインパクトが強すぎて、それ以前のものをあまり覚えていない、と言うのが正しいか。
幸いにも俺の親族に被害者はいなかったが、それでもアレだけの衝撃を受けたんだ。実際我が身に降りかかっていたら、どうなっていただろう。


ザフトにいた時考えなかったことを、AAに来てからは考えるようになった。


例えば、あの事件で母親を失ったアスランのこと。
小さな箱から一口サイズのチョコレートを取り出しながら、ディアッカは宇宙を眺めた。





「何? コレ」
「見て分かんない? チョコレート」
「いや、それは分かるけど……」

食堂で、いつも通り向かい合って座っていたディアッカとミリアリア。
食事も終わり、お腹を落ち着けながらの談笑中に、突然ミリアリアが小さな箱を取り出した。

中に入っていたのはチョコレート。

彼女は一つとって自分の口に入れてから、箱をディアッカの前に置く。
だから「何?」と聞いたのだが……

「食べないの?」
「あ、いや……いただきます」

どうやら「あんたも食べろ」と言う意味だったらしい。
甘さも控えめな、ほろ苦いチョコレート。

「どお? おいしい?」
「ああ、結構いける」
「良かったぁ」

途端、ミリアリアの顔に満面の笑みがこぼれた。

「それあげる」
「あ? でもコレ、お前のじゃ……」
「機体整備とかって、お腹空くでしょ? 非常食用」

まさか……と考えてしまったのは、彼女がそのためにチョコレートを用意した、という非常に出来すぎた考え。
そんな都合のいいことあるはずない、と打ち消してみたが……

それでもうれしいことに変わりはない。
なんせこれは、ミリアリアから貰った、生まれて初めてのプレゼントなのだから。

「さんきゅ」
「どういたしまして」



そして、今に至る。

展望室から見える闇の海域は、たくさんの命が散って言った場所だ。
ミリアリアもタイミングが良い。
わざわざユニウスセブンの近くを航行中に、こんなものをくれるとは。

うれしい反面、切なくなる。

思い出してしまったあの悲劇。
じかに見られるわけじゃないが……今アスランは、どんな想いで宇宙を見ているだろうか。
あの場所にはまだ、彼の母親が眠っている。

「血の……ヴァレンタインか」

つぶやき、ディアッカはチョコレートを口に入れた。

「……甘ぇ……」

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