チャンス






「……………………」
「……………………」

通路を歩く二人は無言だった。
ケンカをしているわけじゃない。話題が無いわけでもない。
ただちょっと――気まずい。

「……あの、よ」
「……何よ」

ミリアリアの声には、冷たいながらも恥ずかしさが混ざっている。
彼女からすれば、一緒に歩くことすら遠慮したい心境なのだ。





これより少し前、時間にして10数分といったところか――格納庫でちょっとした事件が起きた。

ミリアリアが転んだ。

言葉にすれば大したことじゃないが、場所が問題だった。
彼女がバランスを崩した場所、それは、ただでさえも急な階段……しかも最上段とくる。

「危ねぇ!」

下からマードックの悲鳴が聞こえるが、遅い。

――落ちる!

落下を防ぐ手段を見つけられず、ミリアリアは覚悟を決め、体を固くした。


衝撃がくるまで、一秒とかからなかった。


ただし、彼女の予想したものとは違ったが。

何というか……胸元が圧迫され、息苦しい感じはするが……痛いわけではない。

「大丈夫か?!」

背後からディアッカの、悲痛な声が届く。
ああ、彼に助けられたんだな……と、ミリアリアはおぼろげに思った。

「……あ、あり――」
――がとう。

身を起こす時間すらもったいなく、助けられたままお礼を言おうとし――思考回路が停止する。

衝撃を受けた箇所。そして、どうやって助けられたかを認識して。

ディアッカの声は、耳元から聞こえてくる。彼は腕一本で彼女を支えているようだ。
さすがはコーディネーター、と賛辞を送ってあげたいところだが、その……手が。

手の位置がいけない。

どれくらい不味いかというと……たとえて言うなら、家族を戦争で失い、合体式ガンダムに乗り込む、ザフトレッドの某少年を浮かべてもらえば分かりやすいか。
彼の友人曰く「ラッキースケベ」なことを、ディアッカは、今現在行なっている。



――片手なだけマシじゃない――



二年ほど未来から、金髪少女の不満声も響いてきそうだが、そんな理屈、現在進行形の少女に通用するはずもなく。


「――ッきゃあああああああああ!」
「うぉああああああああああああ!」


叫び、暴れるミリアリアと、なんとか体勢を立て直そうとするディアッカ。
二人は結局、階段から落ちてしまった。


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