〜結末〜




事件から三日が経った。

「この間は、大変ご迷惑をおかけしました」
「あ、いやそんな、頭を下げられるようなことじゃ……」
「何よりも、無事で良かった」

三日後の朝、ミリアリアは議事堂の前で頭を下げていた。
正確には、門を守る警備職員の二人に。三日前の夜、渋々ながら議事堂の中に入れてくれた、あの二人だ。

「先ほど、カガリ様もお顔を見せて下さいまして……やっぱり、謝られちゃったんですよ。そんな、気にすること無いのに」
「そうですか……」

ミリアリアは、カガリが謝ったのは、自分と別の理由だと感じ取った。内通者云々の話をした時、この二人だけ、具体的に存在をクローズアップして疑いをかけた。カガリは「ない」と否定したが、あの時カガリは、誰を信用して良いのかすら分からなくなっていた。そんな懺悔の気持ちを、二人にあらわしたのだろう、と。
とはいえ、彼女をそこまで追い込んだのは自分の不用意な言葉が原因である。
ミリアリアはもう一度謝った。疑ってごめんなさい、との意味を込めて。
心の中で、カガリにも。

「まあ、当時の政府も、もう少し考えてくれれば良かったんだがな……」

向かって左側、熟練した雰囲気を持つ職員・ハンクは、ふと遠い目で空を見た。

「……実は私も、当時マズル家に仕えていたんですよ」
「え?!」
「先輩が、ですか?!」

ミリアリアと、向かって右側に立つ若い職員・ケールは、ほぼ同時に声を上げた。

「父がマズル家の執事、私が警護班。カガリ様はもうお忘れのようですが、公金横領が発覚したあの時、カガリ様と一緒に遊ばせていただきました」
「……なのに、今、議事堂で働いてるんですか?」
「はい」
「えーと、確か、マズル家だけじゃなくて、仕えていた人達も、その財産没収されて、横領の返済に充てたとか、聞いたんですけど……」
「ええ。特に父は横領にかかわっていたことが明るみになり、未だ刑務所の中にいます」
『…………』

マズル家の爵位はく奪、そして周りの人間達の財産を没収する――そう決めたのが、この議事堂だ。
その場を、今、以前ここで「財産没収」を決められた人間が守っている。
衝撃以外の何物でもない。

「何も驚くことは無いさ。退職金も無い。失業手当も無い。少しずつだが貯めていた貯金も没収された。でも生きていくにはお金が必要だ。お金を稼ぐには働かなくてはならない。とにかく、一刻も早く、私は雇用主を見つけださなくてはならなかった。自分の働き口を奪った場所だろうが、それは関係ないさ」

フッ、とハンクから笑みがもれる。
まるで、当時のことを思い出すかのように。
彼は続けた。

「半ば自棄になっていた私は、手当たり次第面接に行きました。人員募集をしていない所にも行った。その内の一つが、アスハ家だったんですよ。まあ、マズルの名を出しただけで追い返されそうになったんですがね、カガリ様が私を覚えていて下さって……ウズミ様を説得して下さったんです。『お父様が雇わないなら、私が雇う』、なんて」
「カガリらしいわ」
「とても心のお優しい方です。私はカガリ様に報いるためにも、がむしゃらに働きました。その内、白い目で見ていた人達も、見る目を変えてくれて……あの時、もしカガリ様の目に留まらなかったら、私も事件に加担していたかもしれません」

その言葉で、ミリアリアは疑問を抱いた。
疑問は考える前に、口から飛び出す。

「秘書が[ケイマ・セト・マズル]だって、気付いてなかったんですか?」
「お恥ずかしい話……人相が、八年前とまるで違うんですよ。ここでは穏やかな表情しか見えませんでしたが、私の知っている『ケイマ・セト・マズル』はいつも人を見下す風貌でして。名前が同じだ、という程度しか。私に不審な接触をしてきたのも別の人間で……」

それは分かるな、とミリアリアは思った。
秘書の仮面をつけている時と脱いだ後では、まるで印象が違った。
小さく頷くミリアリアに対し、ケールはまた、違うところで驚く。

「……先輩、もしかして誘拐犯に誘われてたんですか?!」
「マズルの人間だろう、接触されただけだ。私がアスハ家に対して恨みなど無いと分かると、それ以後まったく言ってこなくなった。キサカ様に報告した後で、乗ったフリをすれば良かったと後悔したよ」

そうすれば今回の事件は防げたかもしれない、とハンクは続けた。
不思議なものだ、と思う。同じように、全てを奪われながら、まっとうに生きている人間もいれば、犯罪に手を染めてしまう人もいる。
ミリアリアはもう一度、深く頭を下げた。



そう。
誘拐事件は終わった――


*前次#
戻る0

- 57 /67-