〜危機〜




開いた拘禁室の扉。その中に、愛しい人の姿は無い。無いが――

「……この香り……」

牢の中に入ったアスランが呟いた。

「カガリの……?」
「お姫さんの?」
「ああ、カガリ愛用の香りだ……」
「ってこたー、少し前まで、ここにお姫さんがいたってことか」

微量な残り香が教えてくれる、探し人の存在。ここにきっと、ミリアリアもいたのだろう。
そして――再びどこかへ連れ去られた。

「……ったく、屋敷の中でも二転三転……誘拐犯は、何考えてんだかねえ」
「知るか。俺は犯人の最低人数しか知らないんだからな」

拗ねる様に、アスラン。これは……自分より部外者のイザークの方が現状に詳しかったことが、よほど悔しかったと見られる。でなければ、こんな捻くれた嫌味は出てこないだろう。

「人数ねー……五人だっけ? ま、この規模になると、それだけってことはないと思うが……」
「……五人?」

アスランは、不審の声を上げた。
予想しない切り替えしに、ディアッカも顔をしかめる。

「……五人組の男って聞いたぞ? 俺」
「俺は四人しか見ていない。しかも遠くて、男か女か判別不能だ」

彼は断言した。アスランはこれでも、元ザフトのスーパーエリート。士官学校時代、卒業試験をトップ通過するほどの実績の持ち主だ。その彼が、四人しか見なかった上、性別まではっきり分からなかったとなると――

「誰から聞いた?」
「イザーク。そのイザークは……多分、キサカ……だったっけ? あのおっさんからだろうな」
「もし犯人と通じてるなら、実行犯の性別や人数は、しっかり把握してるだろうなあ」
「だから報告の時に、実際に見えたものではなく、自分の知っている情報を与えてしまった」

二人は掛け合うように、結論を導いていく。

「報告をしたのは、秘書の[ケイマ・センテグロ]か[ダニア・ウーム]が可能性高いな」
「どっちも対策室にいなかったな。つーか、秘書全員いなかったような」
「……そういえばそうだな。もう一人の、[イナミ・クルス]も現場にいた。数や性別を伝えることは可能だ」

あまり気にしなかったが、そう言えば、カガリ付きの秘書三人が三人とも、対策室で姿を見なかった。誰か一人くらい居ても良さそうだが……その中に犯人がいるとなれば、見方は全く変わってくる。
だが、今二人に必要なのは、犯人を特定する材料よりも、二人の連れて行かれた場所。それはここで考えたところで、分かるものでもない。

「しゃーねえ、適当に動くか」

ディアッカは牢から出て、入り口へと足を進め――

「?!」

姿を隠すよう、壁横に身を潜める。

「ディ――」

不審な行動に声を上げようとするアスラン。しかし、彼が小さく声を出した瞬間、ディアッカは自分の人差し指を、口元へと持っていった
しゃべるな――と。
耳を済ませると……聞こえてくる男たちの声。声と足音から推測するに、人数は二人と思われる。
優雅な話し声を響かせる彼らは、階段を下りてきているようだ。
待ちに待った『カモ』の登場である。
気配を殺し、扉を挟んで壁に背をつくディアッカとアスラン。一方、何も知らない男達は、何の警戒もしないで拘禁室に入り――

「な!!」
「いない?!」

驚きの声を上げた。
――いないってなんだ??
疑問に思いはしたが、扉が開かれた瞬間振り上げ、今まさに下ろしている真中の拳は、止めたくても止まってくれない。

がっ!!

「!!」

一人が突然倒れたことで、ようやく中に予期せぬ不審人物がいることに気付いたもう一人の男は、とっさに武器へと手を伸ばし――

「させるか!」

その前に、アスランによって、武具ホルダーごと蹴り外された。一人目を軽々と気絶させたディアッカは、倒れる男から銃を奪うと、丸腰となったもう一人の男の額に銃口を当て――同時に男は手を上げる。
勝敗は決した。
しかし、

「くそっ……お前ら、代表をどこに隠したっ……」

先に放たれた「いない」の一言、そして続いたこの言葉が、彼らが二人の待つ『カモ』になり得ないことを教えてくれた。
彼らは知らない。カガリとミリアリアが、今、どこにいるかなど。

「どうする? アスラン」
「とりあえず、知ってることだけでも洗いざらい喋ってもらうか」

二人の目が、悪人のような光を帯びた。

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