【チェスの駒】 「……人を呼び出しておいて……どこに行ったんだ? ギル……」 急ぎ応接室にやって来たレイは、無人の室内でポカンとしてしまった。 ただ今、約一時間のお昼休み真っ最中。レイは昼食を食べることも無く、授業が終わった瞬間、この部屋に走ってきた。 デュランダルに呼び出された――はずだ。それは授業中、というかMS実習の真っ只中のことで、すでに呼び出しを受けてから2時間が経過している。 では帰ったのか? と思えば、そんな話は聞いていないし、何より椅子にはデュランダルのコートがかけられているし、机の上では、彼の好きなチェスセットが片付けられることなく放置されている。待ち時間が長すぎたため、校長辺りを捕まえて、暇つぶしの相手をさせていたのだろう。 「でも一体、何の用があって……」 わざわざ学校にやって来て、授業中の生徒を呼び出す――彼はそういうことが簡単に出来る人間ではない。 性格上の問題ではなく、就いている役職の関係で。 平日のこの時間など、スケジュールは分刻みで埋まっているはず。にもかかわらず、学校に来るわずっと待ってるわ……どこかおかしな感じが否めない。 「……あれ、レイ??」 「何してんだー?」 考え込んでいると、視線と反対側から声をかけられた。振り返れば、廊下からシンとメイリンが不思議そうにこちらを見ている。 扉を閉め忘れていたようだ。 「どうしたんだ? こんなとこ入って。この応接室って、VIPクラスの人が来た時だけ使われる部屋……だったよな?」 「ああ、そうだが……」 「んじゃ早く出ろよ! 勝手に入ったら怒られるじゃんか!!」 普段なら施錠もされ、生徒はおろか一定ランク以上の役職の人間しか入ることの出来ない特別室。そんな場所にいるレイを呼び戻そうと、シンは小声で手招きする。 しかし、その隣では―― 「うわあ、中、こんなになってるんだ……」 「おいおい、メイリン!」 レイが中にいることで安心したメイリンが、禁断の地へと足を踏み入れてしまう。 シンはもっと慌てた。 「だからなんで入るんだよ!!」 こんな所誰かに見つかったら―― そう言葉を続ける予定だったが、突然後ろから肩をつかまれ、それ以上声を発せなくなってしまった。 恐る恐る、背後を見やる。 男がいた。 「……どちらに行かれていたのですか?」 「気晴らしに散歩を少々。待ち人が全然来なくて、寂しかったものでね」 現れた男は、レイの質問をさらりとかわし、悠然と椅子に座る。置かれた盤面では勝利者側の席。部屋の配置も、彼の座った側が来賓の鎮座するべき場所である。 そして彼は盤上の駒を整理し始めた。初期配置へと戻していく。 まるで、次の対戦に備えるかのように。 レイを呼び出した張本人、ギルバート・デュランダルは―― 「……で、君達はいつまでここにいる気だい?」 「え…………ぇと」 緩やかな声で、しかし鋭い目線で問われ、シンとメイリンは息を呑んだ。 「私はレイに用事があるんだ。席を外してくれないか?」 凍るように冷たい空気。 二人に「反論の自由」など、最初から用意されてはいなかった。 |