【『お母さん』】




「ねえねえ、これ可愛くない??」
「うん! これ似合いそ〜」
「……何見てんだ?」

机の上で雑誌を広げるルナマリアとメイリンに近づいたシンは、不思議そうに声をかけた。それにつられるよう、ヨウランやヴィーノも二人を囲む。レイもまた、呆れながらも輪に入り――同時に、『母の日ギフト』と書かれた雑誌の特集タイトルを発見する。

「ほら、もうすぐ母の日じゃない? 今年は何を贈ろうかなーって……メイリンと相談してたのよ」
「ねー」

顔を合わせ、仲良く首を傾けるルナマリア達。

「で? どれにするんだ?」
「私達はねー、これ!」

メイリンが指を差したのは、カーネーションの花飾りのついたペンダント。紙面で大きく取り上げられているところを見ると、雑誌一押しの一品らしい。

「可愛いでしょ」
「そーだな」

ヴィーノが相槌を打つ傍らで、レイは思った。


〈……これが『可愛い』のか……〉


考えるレイの目に、カーネーション型ペンダントが焼き付けられる。
意識が赤い花に集中する。
そんな周りの音が聞こえなくなるくらい見入っているレイを覚醒させたのは、ルナマリアが放った一言だった。


「ねえ、みんなは何をあげるの?」


些細な言葉にレイ思考が固まる。

「俺はカーネーションの造花」
「俺は――……えーと……」
「ヴィーノってば、何にも考えてないの??」

さっさと答えるヨウランの隣で、ヴィーノは真剣に悩みだし、メイリンから鋭いツッコミを受ける。
その一方で、レイだけが気付いている変化があった。
顔を真っ青にした、シンの姿。
誰も見ていない、シンの動揺――

「もう良いわよ。じゃ、先にシンとレイの……」
「――それより」

メイリンの視線がこちらに向いた瞬間、話を切る様にレイが言った。

「そろそろ次の授業の準備をした方が良いんじゃないか?」
「え……あーっ! もうこんな時間?!」
「やべ、怒られる!!」

時計を見ると、授業開始まで残り三分。次の教科担任は、始業ベルが鳴ると同時に教室に入ってくるのだから、一秒の遅れも許されない。各々自分の机に戻り、慌てて机を片付け、教科書をそろえ……そんな中、同じように席に着いたシンは、ホッと胸をなでおろしていた。
まだ彼らは――……クラスメート達はシンの家族について何も知らない。教えてもいない。言うタイミングが無ければ、まだ言えるような心構えも無く、もしかしたらずっと、自分が天涯孤独の身だと教えないで終わるんじゃないか……そんな気さえしている。
暗い顔で授業準備を始めると、戻り際のレイがそっと耳打ちをした。

「どうした? 話を邪魔されたのが気に入らないか?」
「……んなこと……逆に、その……」

そんなわけない。こんな状況でこの話題は、更に言い辛い事。
レイの言葉は、まさに助け舟だというのに。
でも、礼を言えば不審がられる。なぜ? と返されるかもしれない。

「……悪かったな。俺が避けたい話題だったせいで」
「え――……レイ、も?」

シンの言葉に、レイが苦笑する。
まるで全てを分かっているように。


〈まさか……な〉


教えてない。そんな素振りも見せてない。自分の生い立ちを知っている人間など、ごく限られた一部に過ぎないのだから……






それから何事も無く日付は進み、一般的に『母の日』と呼ばれる休日がやって来た。


〈母の日……か〉


デュランダル邸に来ていたレイは、無言のままポケットに手を入れ、小さな箱を取り出す。
中には、カーネーションを象ったペンダント。ルナマリア達が可愛いと言っていた、あのペンダントだ。
母の日と言われ、意識している内に店頭でこれを発見し……つい買ってしまったのである。



贈る相手などいないのに。



あの時、あの『母の日』の話題の時、レイはシンに助け舟を出した。
あれはシンへの救命ボート。レイはデュランダルから、シンについて教えられている。
本人に、知っていることを伝えてはいない。向こうから話してくるまで踏み込んではいけない話題だと心得ている。
かと言って、全てがシンのためだったわけでもない。シンに向けた『言い訳』もまた事実なのだ。
家族のことは、レイにとっても避けたい話題。


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