ピアノの弾き方】





鍵盤を押すと、綺麗な音が響いた。
違う鍵盤を押せば、響くのは違う音。
初めてピアノを弾いた時、幼心にわくわくした記憶がある。
自分にピアノを弾かせた人間にとって、とても強い印象を与えたのかもしれない。その人物から生まれて初めてもらった「プレゼント」は、なんとピアノだった。
必然的に、彼はピアノを弾きだした。
流れるように動かす指が奏でる曲は、世に出回っているものでも、決して自分が作ったものでもない。

ある人物のオリジナル楽曲――


「――……ル?!」

たった一人の音楽室に、突然響く声と扉を叩き開ける音。演奏者・レイは思わず手を止めてしまった。
見れば軍服に身を包んだ銀髪の男が、信じられない、といった形相で、レイを凝視している。
士官学校に入れる人間、まして軍服を着ているところからも、OBであることははっきりしている。
しかし例え「先輩」でも、授業終了後の安らかなひと時を邪魔されたのは、どうも癪に障った。

「何の用ですか?」

相手の立場も構わず、レイは銀髪の男性を睨み上げる。すると彼は、一瞬怯みながらも、強気の姿勢を作り上げた。

「別に、知っている曲だったから、驚いただけだ」
「この曲を、ですか? それはまたマニアックな方ですね。これが公の場で発表されたのは、たった一度しかないはずなのに……」
「それをなぜ、貴様が弾いている?」

彼は疑惑の目を、レイに向ける。



「それは、ニコルのオリジナルだ」



だから彼は驚いた。
微かだが――名を呼んでしまった。
今は亡き、仲間の名を。

「確かにこれは、ニコル・アマルフィのオリジナル……貴方は、彼の知り合いですか?」
「それを貴様に言う必要は無い!」
「……そうですね」

レイが指を流す。
音を奏でる。
続けられる演奏。

「何故、弾けるんだ?」

その言葉を、レイは無視しようとした。
出て行ってもらおうと思った。
けど、彼があまりにも切ない瞳で、困惑した表情で訊くものだから……邪険に扱えなくて。

「コンサートで聴いたんです」
「……聴いただけで弾けるのか?」
「偶然居合わせた知人が、彼とも繋がりのある人で……会わせてもらいました。そこで譜面も貰いました」

本当に、あの時は驚いた。仮面で顔を隠す彼が、ピアノの演奏会場にいたことも驚いたが、あの演奏者が彼の部下に内定していた人物だと分かった時には……偶然の巡り合わせに、運命すら感じた。

「その後何度か、演奏方法を教えてもらい……彼が軍に入隊してから連絡を取っていません。今頃、どうしているのか……」

ふと、思ってしまった。
そういえば……完全な音信不通となってしまっている。
彼の現状を、レイは知らない。
その時、


「……元気でやっている」


銀の髪をかき上げ、男性が苦しそうに呟いた。
それは現実を直感させるのに、十分な姿だった。
いや、今までの彼の動向からも察することの出来る答え。

「そうですか」

その優しさに、レイは甘えた。

「……彼が言っていました。ピアノを弾く時は、曲に合わせた心情を持て、と。心の揺らぎは、すぐに音に出る……だから、解釈を間違えてはいけない……」
「そして演奏者の思いは音に乗り、聞き手に感動を与える……か」

レイが言った、ニコルからの教え。
続いたのは、銀髪の男性がニコルから聞かされた、音楽が作り出す思いの連鎖。
この曲をニコルが人前で弾いたのは、ただの一度だけ。その場に二人は居合わせていた。
この出会いは、小さな奇跡――なのかもしれない。


そして音楽室は静かになった。
静かに、ピアノの音が響き渡った……





-end-

+結びに一言+
ピアノといえばニコル。そんなわけで、ニコルの曲をレイにも弾いてもらいました。
偶然が引き合わせた出会い……そこから広がっていく小さな想い。


お題配布元→イロハ-CNP-イロ

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