大切な人のために


「お食事をお持ちしました」
「ありがとうございます」

現れた配膳係の青年に、ラクスは絶え間ない笑みを送った。名も知らぬ青年は、それだけで顔を強張らせる。

「……そんなに緊張されなくても、私、逃げようなんて考え、起こしませんよ?」
「そ、そんなことは分かっています!」

ピッと背筋を伸ばし、敬礼しながら青年は言う。

「貴方は我らプラントの希望なのです! それに……ずっと憧れていたラクス様とお近づきでき、不謹慎ではありますが、その……嬉しかったりも、します」

最後の方は、擦れてしまった。
顔も、ほんのり赤い。

「分かっています。ラクス様が、プラントを裏切ったわけではないことくらい、みな、分かっています。だから、ご安心ください。審議はきっと、ラクス様に有利な形で進むはずです」
「裁くのが、評議員の方々でも?」
「ラクス様に重罪を課すなど、民が許しません」

真摯な眼差しで、青年は断言する。
純粋に、ただ純粋に、ラクスを慕う瞳。

「ところで、貴方を配膳係に指名したのは……議長代理ですか?」
「ええ。直々だったので、驚きましたが……何か?」
「……いえ。なんでもありません」

にっこり微笑みながら、ラクスは悟っていた。
議長代理が、何を狙っていたのか。
彼が自分に、何を「見せよう」としているのか――……







-ソラニマウヒカリ-
PHASE7−大切な人のために







耳がその音を捕らえたのは、彼が目を覚ましてから、かなりの時間が経ってからだった。
カツン、と一度、大きな音が響く。
呆然とそちらに目をやると、黒いスーツを着た男が一人、自分を見て驚いていた。

疑問符を浮かべながら、シンはゆっくり身を起こし、男に問いかけようとする。



どうしてそんなに驚くの??



しかし、それは叶わなかった。
男が表情が驚愕に揺れる。
信じられない眼差しで、懐から拳銃を取り出す。

「なんで、生きて――!」

彼は、ライドンから指示を受け、後始末に来た人間だった。ここに生存者はいない、という前提で入ってきたため、シンが生きていることに頭がついてこなかったのである。
おかげで、男は必要以上の殺気を放ち、混乱の中で動いた。
そしてそれが、シンにとって、非常に有利な状況を引き寄せてくれた。

マユの携帯が弾を受け止めてくれたとはいえ、着弾した衝撃まではどうにもならない。動けば痛みや圧迫感も襲いかかるが、死なないためには――……生きるためには、彼も動くしかなかった。
殺気のおかげで、感覚が鋭くなる。妙に冷静な思考回路で、戦闘体勢に入った。
放たれる銃弾を避け、一気に男との距離を詰めると、未だ混乱状態にあるであろう『敵』の鳩尾に、膝を沈める。

「がっ、は……」

心臓への衝撃から咽かえるシン。彼は呼吸を整えながら、半ば無意識の内に、気絶する男から武器を奪い、鞄の中にしまう。その上で、近くにあったロープを使い、男を縛り上げた。
これでこの男は、抵抗出来まい。


再び訪れた静寂に、シンは虚空を見やる。
心臓の痛みが教えてくれる、「生きている」という現実。
夢の中のマユを思い出すと、彼の瞳から、再び涙が流れ始めた。



〈お兄ちゃんは、こんな所でくじけないよね? マユのお兄ちゃんだもんね〉



そんなことない。
心はもう、挫けっぱなしだ。

家族を奪う決断をしたアスハ。彼にとって、許せるものではなかった選択を、シンも同じ様に選んでいたのだ。



大切なものを、守るために。






*前次#
戻る0

- 54 /189-