明けの陽光





眠れない――
身体はだるいのに寝付くことができず、まだ夜も深い時間、ミリアリアは部屋を抜け出した。
外はまだ、夜の闇。
深淵の闇の中、彼女が考えるのは――ディアッカの存在。


中途半端な気持ちは、相手を傷つけるだけ。なら、変な期待をさせるわけにはいかない。
自分の心が定まらないなら、彼に甘えるわけにはいかない。
自分一人が、楽になる方法を考えちゃダメ。
だから――


「……何傷ついてんだか」


戦友――そう称した自分が痛みを感じていることに、ミリアリアは驚いた。
傷つく権利すら無いのに。
気持ちがどん底に落ちかけた、その時だった。
闇夜に慣れた視界が、突然明るくなった。
太陽の出現である。地平線に現れた陽光は、暗闇を照らし、世界に輝きを与えていく。
気付くとミリアリアは、シャッターを切っていた。一人、朝焼けに彩る空を撮り――不意に、手が止まる。


赤。
この赤は、悲しい記憶をたくさん呼び起こす。
思い出される悲しみ、苦しみ、憤り……それでいて希望を指示した大いなる夕焼け。
この赤は、あの時の赤によく似ている。


この時、ミリアリアは漠然と感じた。
自分が出来ること。自分が成すべきことを――






そして、『その時』はあっという間にやってきた。
島を出る日……それは、ディアッカとの別れの日。てっきりオーブからザフトに戻ると思いきや、ザフトの護衛艦は当日の朝早く、島に直接、ディアッカを引き取りにやって来た。
挨拶も早々、ディアッカは護衛艦に乗るべくタラップを駆け上がる。その最中、紫の瞳がミリアリアを見つけた。大きく手を振りながらタラップの下まで走ってきたミリアリアと二、三ほど言葉を交わし――……あと数歩で上り切るという所で、ディアッカは間の抜けた声を上げた。

「……はあ?」
「聞こえなかった? 私――」
「いや、聞こえたけど……何言ってんだよ、お前。駄目だ駄目、絶対だめ! 危険すぎ!!」
「そんなこと言っても駄目よ。もう決めたんだから」
「決めた?! いつ――」
「一昨日。ちゃんとトールにも報告したから。借り物カメラの使い道ってことで」
「俺は反対だ! 絶対反対! んなことやるな!!」
「あんたに言われたくないわよ。亡命直前で現場復帰決めといて、人のことどうこう言う権利あると思ってんの?!」
「俺は良いんだよ!」

おかしな論理を展開するディアッカの奥では、迎えに来たイザークがイライラした態度を見せていた。時計を気にしている様子から、どうやら出発時間が迫っているらしい。
しかし、いくらイザークがイライラしようが、これだけは貫いておきたい。



戦場を写す、カメラマンになると――



「大体、なんで戦場なんだよ。風景でも人物でも何でも良いじゃんか」
「風景だし、人物よ? 写すのは」
「戦争から離れられるのに、自分から戻るなっつってんの」
「ほんと、あんたにだけは言われたくない台詞だわ……」

自分だって、戦場に戻るのに。
脳裏に浮かぶのはそんな思い。


ディアッカは、自分の出来ることをしようとして、ザフトに戻ると言っている。
ミリアリアだって同じなのだ。自分に出来ることをしようと考えた。手元にはカメラがある。なら、写真で伝えていこう。
どれだけ戦争が悲惨なものか、画像でみんなに伝えていこう、と――……


「私も頑張るから、そっちも頑張れ、戦友」
「お前……好きだな、その戦友ってフレーズ」
「だって戦友じゃない。共に戦った美しき仲間。どうせ……一緒にはいられないんだから」


理想論をごねるより、現実的な問題を見る時が来ている。ディアッカはプラントに戻る。そこにミリアリアが介入できる場所は無いのなら、答えはやはり、一つだけ。


「きっともう、二度と会うこともないわけだし」
「ちょっと待て。なんでそんな突拍子もない話になるんだよ。会おうと思えば――」
「あんたはプラント。私は地球。あんたが軍に復帰するなら、本当にもう、会えなくなるんじゃない?」


それこそディアッカが、自分に会うため地球に降下しなければ。
けれどそれはとても難しいこと。

「私のことなんか、忘れちゃえば良いのよ」
「お前――」
「もう時間だ、行くぞ!」
「うおっ」

どうやら本当に時間がギリギリらしい。我慢の限界と言わんばかりのイザークに腕を引っ張られ、ディアッカがタラップを上りきった――その時だった。





「私は忘れてやんないけどね」





ミリアリアの口が小さく動く。
小さすぎて声は届かず、口の動きしか見えない中で、ディアッカには彼女がそう言ったように思えた。


幻かもしれない。
自分に未練がありすぎるからかもしれない。
扉が閉まる。
手を振るミリアリアの姿が目に焼きつく。



「バイバイ、ディアッカ……」



切なく呟くように見える姿が、ディアッカは堪らなく愛おしかった。

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