決断





涙は出なかった。ただ、長い時間ぼーっとしていた。
カメラを受け取って――別れの握手をして。部屋を出るトールを見送って、ひとりになって。
空っぽになった感覚は、トールを失ったあの日と似たようなものに感じていた。


ミリアリアは、もう一度「トール」を失った。
彼はもう、ミリアリアと同じ道を歩まない。この島で、島の人たちとの人生を選んだ。



――ララを選んだ――



「……あれ?」

心に痛みが走るのに、泣くことができない。
悲しいのに。辛いのに。なぜか泣けないのか。
ぎゅっと、カメラを持つ手に力が入る。

「……駄目。やっぱきついよ……」

まだ、悲しみに泣けないほどトールが好きだと思い知る。
ベッドに座り、虚空を見る。

――気が付くと、彼女は歩いていた。
カメラを手に行き着く先は、最上層のデッキ。島を一望できる場所で、風を受け、自然に身を任せる。
どれだけの時間、そうしていただろう。不意に、デッキ扉の開く音がした。
誰が来たのだろう――なんて思いながら振り向くと、驚いている顔が目に飛び込んできて、ミリアリアもつられて驚いてしまう。

「……ディアッカ……なに間抜けな顔してんの?」
「や………………お前いるって思わなかったから……」

そよ風に煽られる髪を気にしながら、ディアッカはうつむき、呻いた。

「落ち着いて、気合い入れてから会いに行く予定だったのによ」
「え? 何? 聞こえない……」
「何でもねぇ」

聞こえてほしくないと思っていたのに、実際に言葉が届いてないと、どこか物悲しい。
抱いた気持ちを隠すよう、ディアッカは話題を変えた。

「トールとは、ちゃんと話せたのかよ」
「……うん。決着つけた」

多くは語らず、カメラを撫でる。
愛しく、強く、気を落ち着けるように。

「あんたは? ……艦長に呼ばれてたみたいだけど、何かあったの?」
「いや――あった、つーか……打診、だな」

流暢に話せる話題が続くと思いきや、すぐさまディアッカの歯切れは悪くなる。
眉間にしわを寄せ、少し悩み……意を決したのは数秒後のこと。

「明後日で正式決定だとよ、オーブに向かうの」
「――え、あ……あさっ、て?」

それはとても急なことに感じた。
ミリアリアは、一刻も早くオーブに戻りたい身の上だ。帰れるなら、早々に帰りたいのだが……

「嬉しそうじゃないな」
「う、嬉しいわよ! ただ――」
「トールのこと、か?」
「――――」

ずばり指摘され、ミリアリアは言葉に詰まってしまった。僻地の離島――……一度戻れば、そう簡単に来れる場所ではない。トールとも、お別れとなってしまう。
ミリアリアは困惑した。そんな彼女を見て……ディアッカは、諦めのため息をついた。

「……やっぱ、誘えねーな」
「え? 何か言った?」
「いや?」

ミリアリアが聞き取れていなかったのを良いことに、ディアッカは独り言をなかったことにする。
そして、決断を口に出した。

「お前、オーブに戻ったら何すんの? 学生に戻んのか?」
「分かんない……まだ、そこまで考えられない。ディアッカは? あんたは亡命して、それからのこと考えてるの?」
「亡命、しねーわ。俺」


決断は風に乗り、まるで聞き違いかと耳を疑わせる。


「……は? え? なに、言って……」
「亡命しない。俺……プラントに戻るわ」

冗談、と切り返したかった。
けれどその顔は、決して「冗談」を言ってるものではなくて。


理解に遅れたのは一瞬だけ。
彼女はすぐ事態をのみ込み――怒り出してしまった。

「――あんた、自分が何言ってるか分かってんの?!」
「ま、何だかんだ処分受けんだろーな」
「何だかんだじゃ済まないでしょ!!」

ミリアリアには理解できなかった。
なぜ戦争が終わった今でもAAに残っているのか。なぜこんな肩身の狭い思いをしなくちゃならないのか。
それは今後、自分達が生きていけるかいけないか――その瀬戸際に立たされているからだというのに。

「帰ったらあんた……」
「んな、銃殺刑とか物騒な話はねーよ。俺の――……その、友人が、上手いことやってくれてるから」
「友人?」
「そ。そいつが、自分の部下として働かねーか? ってさ。で、艦長さんに呼ばれてたわけ」
「……その話、信用できるの?」
「プラントの新任議長はオーブとの交友も望んでる。実際オーブが戦火に巻き込まれた時、オーブのコーディネーター達はプラントに避難してるしな。まあ、あれは相手が連合だったからって見方も出来るけどよ……今でも避難の受け入れやってるって事実もある」
「でも……」
「俺さ、自分に今できることって何だろうって、ずっと考えてた。そんな時に、あいつが『力貸せ』って言ってくれたんだ。オーブに行っても亡命生活だし、プラントに戻った方が、俺に出来ること、沢山あるような気がするんだよ。正直、声かかって嬉しかったしな」

呟くディアッカはとても優しい顔をしていて……ミリアリアは途端に、何も言えなくなってしまった。
止める権利なんて、無い。
一体どうして、止められると言うのか――

「…………だから、明後日でお別れだ」
「なんでそんなに急なのよ」
「向こうの都合だからな〜。仕方ねーさ」
「心の準備、出来てないわよ」
「俺と離れ離れなるのに、心構え必要なの?」
「当たり前じゃない」

おどけてみせるディアッカに、しかしミリアリアは言い切った。
涙をためて、はっきりと。



「私達――戦友でしょ?」
「…………だ、な」



手を差し出す。
別れの握手。
大事な『戦友』が下した結論を認めるために。



気のせいだ。
手のぬくもりで繋がるディアッカの瞳が、何か、諦めのような輝きを放っていたのは……

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