トールの真実





とてもあたたかな温もりに、体中が守られている……ミリアリアはそんな風に感じた。さっきまで指先まで冷たかったのに、今は温かさしかない。
そう思った時、彼女の目は開かれた。

「ミリアリア!」

自分をのぞきこんでくるサイの顔。天井と壁、そしてベッド……そこまで見回して、ようやくミリアリアは自分が横たわっていることに気がついた。
自室の、ベッドの上で。

「大丈夫か??」
「うん、へいき……」

ゆっくり起き上がりながら記憶をたどり、ほどなく、自分はディアッカの前で倒れたんだ、という結論に達する。こう考えると、運んでくれたのもディアッカだろう――と考えて、思考が止まった。
部屋にいるのは、サイだけではない。奥に、キラ。その横に……トールも。

「どうして……」
「キラが、連れて来たんんだ」

サイの言葉で、ミリアリアは反射的にキラを見た。キラは悲しそうに笑い、俯き、そして言う。

「ミリアリアと……ちゃんと話した方が良いと思ったんだ。だから……」

言葉は途中で切れる。
目を、トールに向けて。
トールも頷く。

「分ってるよ。俺だってもっと……ちゃんと、ミリィと話したいんだ。少し、二人だけにしてくれないか?」

促され、キラとサイは部屋を出た。
扉が閉まり、神妙な面持ちで顔を見合わせた瞬間、廊下を曲がり、ディアッカが姿を現した。

「お? お前ら出て来たってことは……ミリアリア、目ぇ覚ましたんだな?」
「ああ。今、トールと話してる」
「まー、けじめくらい、ちゃんと付けてほしいもんだな。無理に連れて来たんだし」

腕を組み、部屋の扉を眺めるディアッカは、どこか清々しさすら感じる。

「……ところで、マリューさんの話って、何だったの?」
「ん? ああ、ちょっとした打診。要・検討課題っつーか……大したことじゃねーよ」
「って、どこ行くんだ?! ミリィの顔見に来たんじゃないのかよ」

話しながら、来た道を戻ろうとするディアッカを、慌ててサイが引きとめた。
するとまた、何とも意味のありそうな清々しい表情で、彼は当たり前のように言ってのけた。

「だって今、お取り込み中だろ?」
「けど……傍に居なくて良いのかよ」
「良いんだよ、いない方が。なんてったって――……俺は『関係ない』人間だからな」

その背中は――とても寂しそうに見えた。






目の前にトールがいる。
優しく、笑みをたたえるトールがいる。それだけなのに、なぜか現実離れした世界のように感じるのは、二人の距離が原因だろうか。
不思議な感じがする。

「……二人っきりってほんと、久しぶりだな」
「……うん」

キラが連れてきてくれなかったら、こんな風に話すことすら、もうなかったかもしれない。
それだけ遠く離れてしまった互いの居場所。

「……キラに、なんて言われたの?」
「ミリィが大変だ。すぐに来い。男ならちゃんとケジメつけろって」
「なんか……キラらしくない誘い文句ね」
「サイ辺りの入れ知恵じゃないか? まあ……俺もその通りだと思ったしさ」

出るのは自嘲のため息か。
トールもまた、痛いところを突かれたらしい。

「ララ、来たんだって? ごめんな? 変なこと言ってっただろ」
「変じゃないよ。彼女も必死なんだから」

ララの話題にも、トールと二人きりだと穏やかに対応できる。


この空気が好き。
安心できる空気。
優しくなれる空気。
それが、トールの力。


「生きる力をくれた人なんだ」
「大切な人、なんだ」
「大事な人。自分の力で、守りたい人たち。俺は……この島の人たちと、生きていく」
「決定事項なんだ?」
「ごめん」

トールは反論しない。
決まった答え。こちらが何と言っても、覆らない気持ち。

「楽しそうだもんね、トール。すごく、生き生きしてる」
「だろ。島の生活楽しいし、新しい趣味も出来たしな」

言って膝の上に乗せていたカメラを撫でる。
本当に好きなのだろう。目が愛しさを物語っている。

「まさかトールが写真好きになるなんてね。びっくりしたわ」
「結構上手いだろ?」
「うん。いま一番好きなの、実はそのカメラなんじゃないの?」
「そこまで酷くないって――」

――と言って、トールは何か、思いついたような顔をした。

「ミリィ、写真に興味ある?」
「え?」
「これ、餞別に持ってくか?」
「は?」

彼が指さしているのは、今まさに話題に上っていたトールのカメラ。
思いもよらない申し出に、ミリアリアは慌てた。

「だから、これ」
「それ、大切なカメラなんでしょ?!」
「うん。まあ、俺にいろんな世界を見せてくれた、……まあ、言わば心の恩人なんだけど、村長がさ、実は新しいカメラ買ってくれてさ。そろそろそっち使わないと悪いような気がして……けど、眠らせておくのももったいないし」

トールは笑っているが、ミリアリアからすると、そんな笑って受け取れるような代物じゃない。
大事なものだろう。とてもとても、大事なものだろう。
ララから見せられた、あの写真が物語っている。一瞬しか見なかったのに、その一瞬だけで、わずか一枚のフィルムに心を奪われそうになった。
それだけ素敵な写真を撮らせてくれたカメラ。そしてミリアリアは、カメラの使い方すら分かっていない。

「ま、形見分けとでも思ってさ」
「縁起でもないこと言わないでよ」
「悪いわるい。でも冗談抜きにして、誰かに持っててもらいたいんだ」

目を伏せ、トールは続ける。

「このカメラは、島の一番悲惨な時期を写してきた。辛い中、必死に生きる姿を撮ってきた。ようやく島も復興段階に入って、辛い思い出を糧にしながら……実際、思いださないよう努力してる。だから村長も、新しいカメラに代えないか? ってさ。そう簡単に処分しないと思うけど……未来のことは分からないからな」

予測できる未来もある。けど、予想し得なかったことが起こるのが、未来という時間の流れ。
過ぎた過去は変えられない。訪れる未来に確約もない。
少なくともトールはこのカメラが好きで、もし今、それを守るために使っているのだとしたら……

「分かった。ただし、預かるだけだから」
「あずかる?」
「だから、島の復興が終わったら、取りに来て。心の恩人なんでしょ?」
「……かなわないな」

苦笑するトール。
ちょっとだけ上目線のミリアリア。
預けられたカメラを、彼女は優しく抱きしめる。
トールは……ホッとした表情を見せていた。





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