ほんとの気持ちは






「……ミリィさん、よね?」
「?!」



不意に名を呼ばれ、ミリアリアは顔を上げた。名を呼ばれたことに驚き、名を呼んだ人間を見つけ、もっと驚いてしまう。
目の前に、彼女はいた。
トールの車椅子を押していた――「ララ」が。





――なぜ貴女が、私の名前を呼ぶの?――





呼ばれた瞬間、ミリアリアはそんな不信感と憤りから、ララを睨みつけてしまった。
考えなくても分かる。トールが言ったのだ。トールが呼んでいたから、だから「ミリアリア」ではなく「ミリィ」なのだと分かっていても……それでも。


彼女に自分を愛称で呼ばれることに、激しいまでの抵抗を感じてならない。


「……そんな顔、しないで。喧嘩するつもりで来たんじゃないから……」
「……なら、どうしてここに?」

いけない、と自制しようとしても、敵意を隠せない。片や――ララはミリアリアの抵抗を予想していたのか、動じた素振りは全く無く……

「分らない?」

ただ、訊くだけ。ミリアリアに訊ね、彼女を問う。
この質問で何を想像できるのか、試しているようにも見える。
ミリアリアは一度息をのむと、一直線にララを見据え、言った。

「……トールのこと以外で、何があるの?」
「例えば、あなた達はいつまで島に居座るつもりか――とか」
「そういう話なら、私じゃ相手できないわね。来て。ブリッジに案内するわ」

ララの返答に、ミリアリアは表情そのまま、踵を返した。
すると、背中めがけて声がかけられる。


「あなたは気にならないの? 私とトールの関係」


何が――
本当に何が訊きたいのだろう。
彼女は、何がしたいのだろう。
足を止めざる問いかけは、相手への苛立ちと呆れを合体させ、不快極まりない感情を心に宿す。
振り返ると、ミリアリアはそれを全面に出した。

「気にならないって答えてほしいの?」
「私はあなたの気持ちを訊いてるの」
「――いい加減にして」

ミリアリアは冷たく切り捨てる。

「こっちを探るような真似は止めて。本音で話さないと答えないから」
「これでも十分本音で話して――」
「なら、私はトールが戦死したと判断された後も、トールは絶対どこかで生きてるって思ってて、AAを降りれるようになったらトールを探しに行こうと考えてたとしたら? 本当は今すぐにでも、トールの元に行きたい。今いる場所全部捨ててでも、トールの傍についていたい――なんて我儘言いだしたら、あなたはどうするの?」
「――――」

突然始まった口撃に、ララは声を失った。

「あなたはトールが好きなんでしょ? 私がいつまでもこの島にとどまってるのが怖いんでしょ?」
「怖くなんてないわ。ただ、気に入らないだけよ」

ララもまた、ミリアリアを睨み返す。

「トールがいながら……トールって恋人がいながら、あなたの隣には別の『男』がいた。そんなあなたに、トールは渡せない……この島にとって、トールはもう、居なくてはならない人間なのよ」

瞬間、ミリアリアはちくりと胸を痛めた。
表現もそうだが、何よりララの表情に。今にも泣きそうな瞳で鞄を探ると、数枚の紙を取り出し、ミリアリアに差し出した。
それは写真。トールと村人の和気あいあいとした姿、それに村の風景……

「それ、トールが撮ったの」
「トールが? でも、ここに映って……」
「それは父が撮ったものよ。気晴らしにって父が教えたの、写真の撮り方」
「へ、え……」

ならば納得がいく。少なくともAAに乗るまでの間、ミリアリアはトールが率先してカメラを持つ姿など見たことがなかった。むしろ嫌煙していたようにすら思う。
そんな心情など気付きもせず、ララは続けた。

「トールはもう、村の住人なの。これ以上、私達から大切なものを奪っていかないで!」

瞳から、堪え切れなくなった涙がこぼれ出す。

「みんな……トールが大好きなの……みんなも……私も」

最後の最後で、彼女は本音を弾きだした。


「私も……トールが、すきなの……っ」

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